スポーツ障害||その5  各病期ごとの対処3/3

2018年09月25日 | スポーツ障害

さて、大分お待たせしておりますが、ようやく最終回です。

長文となりますが、お付き合いください。

 

今回はStage2・1の対処について。

と、その前にちょっと復習。

 

Stage:運動開始時には痛みがあるもののアップで消える。

Stage:運動開始時に痛みがあるもののアップでいったん消えるがトレーニング(競技の練習)終盤に再び痛み出す。

 

この運動開始時の痛みの正体は、傷跡の引き攣れでした。

傷跡の硬さが動く中で和らいだ結果として痛みが消えるという段階がStage1・2共通の特徴です。

Stage2に進行するとトレーニング(競技の練習)終盤に痛みが生じます。

この終盤の痛みの正体はStage1よりも患部のダメージが深く、傷跡となった組織自体の耐久性が低いためにトレーニング(競技の練習)終盤には患部が耐えきれずに炎症が生じたことによる痛みでした。

そうした諸問題への対処を以下にまとめてまいります。

 

○基本のルール

実はリハビリ全般での共通したルールでもあるのですが、トレーニングの際には「患部の違和感を上限とした負荷設定」を厳守してください。

組織は健常な組織でも耐久限度上限近くの負荷がかかってきたときには痛みを生じます。

この負荷がかかり続けると壊れてしまうということを「痛み」という形で教えてくれるのです。

これは怪我を負った組織や委縮した組織でも同じこと。

そのキャパは正常な組織よりも低いので、より軽い負荷でも痛みとして感知されるわけです。

つまり、ギリギリ痛みが感じられるレベルの負荷であれば再受傷してしまうというリスクは回避できると考えることができます。

でも、だからと言って痛みを負荷の上限を判断する指標にするのは危険です。

ゆっくりとしたモーションで徐々に負荷を高めながらおこなうトレーニングであれば、組織が傷ついてしまう前のレベルでの痛みを感知できるでしょう。

でも、ジャンプやスプリント、投擲といったクイックな運動では負荷が一気にピークを迎えますから、患部が破綻してしまわない範囲のコントロールが難しいため再受傷を避けるには不向きです。

安全に使える指標は、故障した関節や筋腱にかかる負荷が危険水域に近づいたときに痛みより先に発せられる「違和感・不安感」です。

『あ、やばそう!』って感覚、怪我をしたことがあればお分かりいただけると思います。

この感覚をアプリヘンジョンサイン(不安徴候)といいます。

痛みを赤信号に例えるならばアプリヘンジョンサインは黄色信号といったところです。

より安全な指標として、アプリヘンジョンサインは非常に役に立ちます。

着実に回復するためには違和感・不安感を上限として、その上限までのパフォーマンスが回を重ねるごとに高まってゆくのを根気よく待つことです。

リハビリは慌てず急がず根気よく、です。

怪我の度合いにもよりますが、きちんと上記のルールに沿ったリハビリを積めば軽い故障で3~4週間、中等度で2~3か月で元のパフォーマンスまで戻ります。

ただ、重症例では半年からそれ以上かかったり、後遺障害として残ったりと結果はまちまち。

アクシデントによる怪我は別として、オーバートレーニングによるシビアな故障は負わないに越したことはないのです。

怪我をしてしまった時には目先の結果に固執しないでクレバーに振舞いましょう。 

 

○ウォーミングアップ「運動開始時の痛み」への対処

1、運動の可否の見極め

さて、Stage1・2の特徴としては「運動開始時の痛み」がありました。

これは患部に生じた炎症後の傷跡(繊維化・瘢痕化した組織)が運動時に引き伸ばされることで起こる痛みだと説明しました。

このように炎症の落ち着いた時期であれば動きながらストレッチがかかることで痛みは解消されます。

しかし、すべての動き始めの痛みが必ずしも炎症が落ち着いた後の痛みである保証はありません。

時にはまだ炎症が落ち着いていないせいで動作痛が出ている場合もあるのです。

その見極めにはStage3のときと同じく、MWMSがおススメです。

例えば肘が痛いとします。

そうしたときには肘関節のMWMsを行ってる最中の痛みの有無を診るのです。

この手法を行っているさなかに痛む場合は炎症が潜んでいるか、いまだ組織の回復が追い付かず脆いため自重での動作も控えなくてはならない状況にあることが分かります。

そうした反応が返ってきた際には2~3日、患部への運動刺激を外しましょう。

患部の状態が落ち着けばMWMsで痛むことはなくなり、安全にトレーニングに移ることができます。

 

参考資料として下記の動画をご覧ください。

MWMSの解説は0:38から1:38の部分となります。

 

テニス肘(上腕骨外側上顆炎)のセルフケア // とよたま手技治療院

 

無事にMWMSができる状態であればStage3の時と同じくスタビライゼーション(バランストレーニング)※に移り、競技練習への備えとします。 

「スポーツ障害その4」に肩関節をターゲットとしたMWMsとスタビライゼーションを含む動画を載せています。

話は少し脱線しますが、

私の介入では「競技練習」に移る前にウォームアップとして故障部位に対してMWMSとスタビライゼーションを取り入れています。

MWMsとスタビライゼーションを取り入れる理由は、患部の関節運動を正常化し、さらにこれから取り組む運動に耐えうる水準に関節の支持性を高めておかないと容易に再受傷してしまうからなんです。

不用意な再受傷を未然に防ぎ、着実な競技復帰を実現するのためにMWMsとスタビライゼーションは大いに役立つ手法です。

しかし、治療の領域で知る人ぞ知るMWMsも、リハビリの分野でお馴染みのスタビライゼーションも、スポーツの領域ではまだまだ一般的な手法ではないので、ここで伝えるうえで曖昧模糊とした話で終始してしまうのが歯がゆいところです。

私がスポーツの現場での仕事をする際には、これらの神経筋骨格系の機能を正常化する手法の数々を一連のルーティンとしてまとめてクライアントに提供しています。

「パフォーマンスチューニング」と名付けて提供しているのですが、まだまだ一般的な手法として広まっていないのでここで紹介したMWMs・スタビライゼーションはプラスアルファのお話として記憶にとどめておいてください。

2018/9/17横浜ベンチプレス大会・スクワット大会にて

パフォーマンスチューニングに関する指導依頼はとよたま手技治療院へ。

お待ちしています。

 

さて、脱線終了。

競技開始時の痛みの見極め(鑑別)の話に戻します。

 

MWMSですが、スポーツを指導される方にはぜひ知っていただきたい手法なので、そういう手法があるということを知っていただけたらと言及させていただきましたが、そもそもMWMSが一般的な手法ではありませんのでもう一つ現実的な対処を挙げさせていただきます。

例えば、痛む動作に対するパッチテストのような手法もあります。

以下に手順を説明します。

1、初めに痛む動作を選びます。

2、その動作の中でどの角度で痛みが出るのか、また自覚的な痛みの強さを確認します。

3、痛みを感じる角度の前に「張り感」や「違和感」「不安感」を感じる角度があるはずです。

そこまでの振幅で10回ほど動きを確認します。

4、一息ついてもう一度痛む動作を確認します。

痛みの軽減や痛まずに動かせる可動域の拡大などがあれば炎症や損傷の修復はひと段落ついていると判断できます。

つまりはその先のトレーニングができるということが分かる、ということです。

良性の変化があれば「3⇔4」を繰り返し、故障部位へのウォームアップとします。

 

○競技動作への取り組み 

Stage3・4での対処の主眼は怪我の回復と休養期間中の身体能力の低下をいかに阻止するかでしたが、Stageからはいよいよ競技復帰に向けた準備として競技動作を用いたリハビリに移ります。

ただし、対人競技ではゲーム形式の練習はまだ外しておきましょう

フェイントなどへ対応するためのランダムな体勢の変化に傷跡となった組織が耐えられるようになるのはもう少し先の話です。

まずは患部が競技に関する基本動作を競技レベルで行える状態になるまでの強化を目指しましょう。

初期にはジャンプ動作をともなわない、脚が地面に接地したままできる動作をゆっくりと正確に行うよう心がけましょう。

例えば、野球肩などではこの時期にゴムチューブ(セラバンド)を壁から引きながらの投球動作などを行うことがあります。

こうした例で私が注意するのはどの局面でも肩関節を弛緩させずに動くこと。

特にコッキングで肩関節前面の筋(肩甲下筋・三角筋前部繊維)が脱力してしまわないように注意を促します。

肩関節の違和感の出現を上限とし、スピードや負荷を上げてゆきます。

素早い動作でも肩関節を滑らかにコントロールすることができたらようやく軽いキャッチボールに移行します。

それも問題なければ徐々に出力を上げてゆきましょう。

でも、違和感が出たらそこまでです。

くれぐれも痛みに挑まないようにしましょう。

これがなにより一番重要!

何度も書きますが、痛みはその組織が持つ耐久限度を超える(もしくは超えそうな)刺激が与えられた時に生じるサインです。

回復のカギは患部に痛みが感じられない範囲の負荷に減らす工夫をすることです。

多くのケースでは「痛いながらも競技自体ができるから…」と痛みを我慢しつつ競技を続けてしまうのですが、それが落とし穴なんです。

それで切り抜けられるのは成長期にある18歳位まででしょう。

その回復も成長に向けた旺盛な代謝を日々繰り返される怪我の修復に浪費した結果なので、その間の努力は身体能力の向上にはつながりにくく、競技者としての成長も頭打ちとなっていることに注意が必要です。

中学~高校生の成長期は地力を高める大事な時期です。

その後の競技者としての成長も成長期に培った地力を土台に磨かれてゆくものですので、この時期には極力大きな地力を育てたいところです。

そのためにも不用意な怪我は「しない」「させない」

怪我をしたら長引かせずに治すことを第一に考えましょう。

「競技を続けていればどっかしらが痛いのは当たり前」とやってるうちにシビアな故障へと傷が深まっていったケースが五万とあるということはスポーツとともに青春を駆け抜けた経験を持つ方であればよくご存じのはずです。

過ちは過ちとして正視して、けして美談にしないこと。

次世代には同じ過ちを繰り返させないこと。

これは指導する大人の務めだと思います。

リハビリは先を見据えて、いたずらに競技への復帰を急ぎすぎず、おおらかに取り組みましょう。 

焦りは禁物です。

治り際が一番危ない時期ですから。

もうそろそろ復帰が見えてきた…なんてときに限って大きな故障を負ってしまう。

これ、結構よく聞く話なんですよね。

治療してきて断言できるのがこの時期に故障を繰り返す人はこの時期の過ごし方が絶対的に間違っているということです。

動けるようになるとすぐに元の練習メニューに戻してしまう。

そして、痛みがあっても練習の手を緩めない。

でも、そこに落とし穴があるのです。

そうしてしまう気持ちは痛いほどわかります。

動き始めの痛みもいったんは消えますし、終盤戻ってきた痛みもこらえられない程ではない…

しかも、そこそこの力が出せてたりもするわけです。

そうなると早く元の力を取り戻したくなるのが人情です。

しかし、患部にとって限度を超えたトレーニングが繰り返されれば再びStage3や4へと逆戻りしてしまいます。

ここは本来我慢のしどころなのですが、スポーツの現場では「競技をしていたら痛いのは当たり前」といった間違った観念が根づいていますので、そうした間違った対処を繰り返してしまうのも無理からぬことかもしれません。

しかし、改めるべきは改めないと…

戦略がものをいうようなスポーツだとだましだまし怪我と付き合っていっても競技者として上位に上ることもあるでしょう。

ですが、陸上競技やウエイトリフティングのようにフィジカルがものをいう競技ではそうはいきません。

選手としての人生は決して長くはありませんから、半年・一年のロスは非常に大きな損失です。

そうした損をしない(させない)ためにも故障に気が付いた時点で「今現在のベスト」にしがみつかずにクレバーな対応を心がけなくてはなりません。

勇気のいる話ですがすべての事象は理の中にあるのです。

強くなるには強くなる理があり、怪我をするには怪我をする理があります。

治るにも治るための理から外れることはないのです。

円滑な競技復帰のために選手も指導者もこの時期の過ごし方のルールを守っていただきたいですね。

安定した競技復帰を果たすためには患部の強度を健常な組織と同じレベルに引き上げるというステップを着実に踏むことが重要です。

その際の条件はもうご存知の通り、「痛みに挑まない」ことと「患部の違和感を上限とした負荷設定を守る」ことです。

ここを押さえてトレーニングを積んでゆけば安定的な回復を引き出すことができるのです。

 

○練習中に違和感が生じた際の対処

運動開始時の痛みを解消するためにMWMsなどのセルフケアをウォームアップに取り入れるようにお勧めしましたが、運動中に違和感が生じた際にも同様の対処を試します。

インターバル中にセルフケアを行って違和感を解消できるか試し、消えるようならばその先の練習へと駒を進めます。

しかし、アップで効果的だったケアエクササイズをしてもなお違和感が引かないようでしたら患部の組織はオールアウトしたと考え患部を使う練習はそこまでとします。

それから、ケアエクササイズがスタティックストレッチやラクロスボールやフォームローラーによる筋膜リリースであった場合、練習中に行うのをためらう方もいると思います。

理由はそれらの手法が運動神経を鎮静化させる効果を持つため筋出力が削がれるから、というものです。

でも、「痛み」というのはそれ自体が強力な筋力発揮の抑制因子です。

違和感のうちに散らせるものなら散らした方が力は維持できますし、正しく動ける状態でのトレーニングの方が安全性も運動による学習効果も高く、再受傷のリスクを低減できます。

こうした理由から、故障をしている時期には練習中にスタティックストレッチ/筋膜リリースを取り入れることも視野に入れてください。

故障時の特例みたいなものですね。

  

以下にセルフケアの一例として「肘の痛みの対処法」の動画を紹介します。

「特例」の手法の一例として、コンプレッションストレッチをご紹介しています。

肘の痛みのセルフケア|ベンチプレス、スナッチやジャークでの肘の痛みに~テニス肘・ゴルフ肘にもおススメ~

  

○テーピング/サポーターなどの装具による補強

これも上記同様、テーピングによって関節運動が安定するのならテープやサポーターの助けも借りましょう。

でも、油断は禁物です。

あくまで「痛みに挑まない」をルールとして遵守しましょう。

 

↓下肢の故障を例に

膝・足首の調整:ニーテープとアンクルテープ(TOYOTAMA TAPE)の張り方

動画の手法は関節のコントロールに関する深部感覚受容器に働きかけることで正常な筋バランスを取り戻す手法です。

状態が悪ければ筋バランスの改善では関節の支持性を取り戻せない場合もあります。 

そうした場合はエラスティックテープやコットンテープなどでの固定も視野に入れましょう。

 

○アイシング

練習後は速やかにアイシングをしましょう。

傷害された後の組織は脆い上に敏感で、すぐに炎症を起こします。

炎症という現象はまさに火事のごとく周囲の正常な細胞まで殺してしまいますので、ほったらかしにするとダメージからの回復に時間がかかってしまいます。

炎症が過度にならないようにとどめるために、練習後には速やかなアイシングお勧めします。

特にStage2ではアイシングを忘れないようにしてください。

氷嚢を使って10~15分のアイシング、氷嚢を外して5分の休憩。

これを2~3セット行います。

 

競技への復帰

運動開始時の痛みも癒えたあたりから実戦形式の練習に戻ります。

しかし、初めから10割の練習量をこなそうとせず、徐々に運動量・運動強度を上げてゆくようにしましょう。

経験上の話となりますが、Stage4からここまでの回復に係る期間は中等度で2~3か月、重症のものでは半年~といった印象です。 

Stage2と3を行き来して長くかかるものは途中でルールを無視して再受傷したケースです。

強い選手ほど「あと少し…」というところで魔が差してしまうので注意が必要です。

怪我をしたらバリバリだったころの自分ではなく今の自分を向き合うことが大切です。

それってすごく勇気のいることだったりするのですが、

そこをこらえて着実に積んでいければ怪我と痛みのループから抜けだせる日が来るということを記し、本シリーズの締めとさせていただきます。

以上、スポーツ障害への対処でした。

 

<あとがき>

人生100年時代。

健康余命やアンチエイジングへの関心が高まりを見せる今、高強度トレーニングへの理解も単純な「筋肥大」から神経系を含めた「機能強化」へと進化してきています。

スポーツをはじめとした活発な身体活動は美容と健康を保持増進するための力強い味方になります。

しかし、時に故障の憂き目にあうこともあるのも事実…

残念なことに一旦故障をした後の対処を間違うと、何度も同じ個所をを故障してしまったり、故障が身体のあちこちに飛び火するということもあるわけです。

でも、それは治しようのないものなのかというと決してそうではないんです(後遺障害は別として)。

故障を負った方の多くは痛みが引いたらすぐに元の運動負荷に戻してしまいます。

これが不味い。

傷が癒えたとはいえ怪我前より脆くなった患部にもとの強度の運動に耐えうる強度があるとは限りません。

むしろ、多くの場合は耐えられないケースの方が多いんです。

怪我を負ったあとは段階を追って故障個所を強化すること。

果てのない暗闇の中を進むような心細さを感じるかもしれませんが、明けぬ夜はありません。

事実、20代で半月板を削り取ったパワーリフターが30代で自己ベストを更新し続けるケースだってあるんです。

70代、変形した膝の痛みで歩くことすら辛い状態だったバレエダンサーも、きちんと手順を踏んだら再び跳ぶことができるようになったケースだってある。

それらは決して珍しいことではないんです。

彼らは絶望的な状況にあっても自分を信じて、あきらめずに、そしてクレバーに歩を進めた結果、競技復帰を手に入れたんです。

諦めず、そして焦らずに、コツコツと積み上げれば、またもとのようにスポーツを楽しむことができる日を迎えることができるんです。

この記事が故障のループから抜けられずに困っていらっしゃる方のもとに届くことを、切に願ってやみません。

 

2018/9/25 古川容司


おすすめ動画