新盆の印
盆である。隣組内の新盆見舞で2軒訪ねた。かつては隣組全員で見舞に訪れ、もてなしを受けたわけだが、その際に迎え火を焚いた。もちろんわたしがここに住み着いて以降のことで、事例は多くない。コロナ禍ということもあって、相変わらず過去のような習わしは避け、個々で見舞に訪れる。したがって新盆の「見舞」をすることに徹しており、訪ねた家で近況を交わすこともない。新盆らしい雰囲気を感じることもなく、単なる義理に徹しているといってもよいだろう。
夕時、それでもと思い盆の雰囲気を訪ねて北に向かった。近ごろはほとけ迎えの迎え火を焚く時間が遅くなっている。生家では午後まだ日の高いうちにお墓に迎えに行って、家に戻るとすぐに迎え火を焚いた。そのことを思うと印象が人々の土台にあるのか、「火を焚く」=夕方というイメージがあるようだ。それも街中では暗くならないとなかなか焚かないようだ。
13日といえば「迎え火」、そして伊那地方では「迎えまんど」を「振りまんど」で行うところが少なくない。近年の地元紙のニュースを紐解いたが、ないのは実施されていないためか、と気がついたのは家に帰って改めて記事の日時を見て気がついたこと。「昨年も実施された」と思い込んでいたら、そうでもないようだ。伊那市小沢地区では地域交流センターの庭で「振りまんど」が実施されている、という記事を度々見ていて、訪れたいと思っていた。時間は定かではなかったが、夕方になれば準備の人たちが集まるのだろうと想定して、周辺の様子もうかがいながらいた。その第一印象は「今年は実施されないかも」というもので、他地域の様子をうかがっても同様に受け止められた。様子をうかがいながらあらためて気がついたのは、伊那市の各集落では、13日の夕方に地域の人々が新盆の見舞に訪れている。あちこちでそれらしい姿で道を歩く人々が見られた。ほぼ全域に通じる13日夕方の光景。おそらくコロナ禍のためだろう、新盆の家では玄関内の、外から見えるようなところで新盆見舞の来訪者を迎えていた。
さて、前述の地域交流センター前を通過してもそれらしい様子がうかがえなかったため、近在の様子をうかがった後に、再度施設前を通ってみると、振りまんどに使う麦からの束を車に乗せている姿が見えた。違う場所で行うのかと思い尋ねてみると、感染レベルが上がった(レベル6)ため、数日前まで結論を待っていたが、残念ながら中止したという。中止したため「まんど」を利用することがなくなったため、隣の横山地区に譲ったのだという。その横山の方が受け取りに来ていたわけである。数にして14個。これらは先月末に、お年寄りの指導の下、子どもたちが自分で作ったものだという。子どもたちが作ったものだから隣の地区の方たちに譲るというのも、なかなか難しい判断だと思うが、同じ西町地区としての連携があるのだろう。横山でも5年ほど前まで振りまんどを行っていたというが、今は実施しなくなっていたという。伝統の行事を残したいという意志のもと、せっかくのまんどの利用を考えたという。このまんどは16日の送りに振らせてもらうという。何より子どもたちの行事が、今年こそと企画されたものの、中止されている例が続出している。ちなみに小沢地区の振りまんどは、昨年は実施予定であったが、雨のため中止したという。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます