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伊那谷の境界域から見えること、思ったことを遺します

郷土史誌の悩み

2024-04-22 23:01:46 | 信州・信濃・長野県

 先日『信濃』(信濃史学会)の最新号が届いた。「薄い」というのが手にとっての印象。編集後記の後に編集委員会からの「四月号からの会誌の編集について」という会告が掲載されていた。冒頭「本会は会誌の月刊発行に大きな努力を傾けてきており、それは今後も変更しない方針でいます」という。裏を返せば、財政的に大変で、そうしたなかでは月刊誌を辞めてもよいのでは、という意見があったのかもしれない。以前にも触れてきていることだが、長野県内には月間の郷土史誌研究の雑誌が3団体から発行されている。そもそも全国を見渡しても月刊誌はそのくらい。長く続けられてきた背景にはいろいろあるだろうが、もともとこうした分野は教員が主たる構成員だった。しかし、今の教員にそうした意欲は薄い。わたし的には「忙しい」は理由にならない。そもそも全国的にもそうなのだろうが、こうした分野への興味は薄らいでいるよう。会員減少による財政難は、こと郷土史誌に限らない。多様化した人々のニーズは、分散化して、さらには活字から解放されて、今や印刷物は「不要」という人が多い。若者は一層その傾向にある。したがって、若い会員が増えないのも当たり前である。現在の会員が高齢化して、いつかは廃刊に結び付く、は自然の流れかもしれない。とはいえ、こうした研究分野が消滅して良いのか、と問われる。支えていく方法はないのか、垣根を越えた議論が必要なのだろう。

 研究誌が薄くなる、あるいは発行間隔が長くなる、は既に起きている減少。繰り返すが財政難である。会員が減ればおのずと収支が合わなくなる。合わせるために削る経費は限られている。しかし薄くなる、発行間隔が空く、ということはそもそも発表の場が限られていくことになる。研究意欲が低下するのはもたろんのこと、若い人々は一層発表する場がなくなる。悪循環を繰り返して、消滅するというわけである。

 『伊那路』でも経費節減のために交換団体への雑誌の送付を減らそうとしているという。ほかにもいろいろ節減策がとられることになるだろう。そもそも月刊で、この会員数でよく発行している、と感心する。それでいて会務報告が今までされてこなかったわけだが、収支はどうなんだろう、と心配になる。それほど大きな額ではないのだから、支える方策を他分野に投げかけるのも良いのだろう。そういう面では、『伊那民俗』を発行している柳田國男記念伊那民俗学研究所は恵まれている。多額ではないが、行政から支援を得ている上に、活動の場が確保されているし、そこには蔵書を置き、後悔もできている。手弁当でやっている会に、そのような会は、ふつうはあり得ない。

 『信濃』はこれまで80ページだったが、4月から72ページにしていく。たった8ページ薄くなっただけだが、ずいぶん薄くなったような印象を受けた。論文は3本しか載っていない、内容が薄くなれば、結果的に会員も減っていくのだろう。会告には「会の収入を増やすには、会員増が一番です」とある。とはいえ、一般人には会費年額10,200円は「高い」と受け止められる。まさに専門の学会誌レベル。広告を会誌に載せても、読者が限られていて、一般広告掲載は見込めない。わたし的には10,200円は確かに「高い」方だとは思うが、だからといって、月にすれば1,000円に満たない。娯楽にもっと使っている人たちが、たったこれだけの会費で高いというのなら、その貢献度を認識してほしい。

 『伊那路』でも月刊誌を辞めたら、という意見もあるという。前述した3誌、どこが最初に月刊誌を諦めるのか、そんな時代がやってきている。


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