筑波大学硬式野球部のブログ

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1年生ブログ~先輩、私の話聞いてもらってもいいですか~御田村樹(体育1・大垣北)

2024年12月08日 19時00分00秒 | 2024 1年生ブログ
平素より筑波大学硬式野球部へのご支援、ご声援を賜り、誠にありがとうございます。




広報部局の本間暁登です。




昨年と同様に、「1年生ブログ~先輩、私の話聞いてもらってもいいですか~」というテーマのもと、我々1年生31人がそれぞれブログを書きました。




筑波の未来を担う私たちの熱い意気込みや野望、目標をぜひご覧ください!




本日の担当は、御田村樹(体育1・大垣北)です。











筑波大学硬式野球部ブログをお読みのみなさんこんばんは。
筑波大学体育専門学群1年の御田村樹です。



日頃より弊部へのご支援とご声援ありがとうございます。



今回のブログでは自分の野球人生を振り返るとともに今後への意気込みを書きたいと思います。最後まで読んでいただけると幸いです。







私は岐阜県の大垣市で生まれ、そこから30分ほど離れた揖斐郡池田町という地で育ちました。



そして私の野球人生はよくある友達に誘われたからという理由で幕を開けました。小学生の時は温知クラブ(おんちクラブ)という漢字ではよく見えるものの音にするとダサいチームで野球をしていました。



そこでは打ってはクリーンナップ、投げてはエースとチームの柱であり、地元ではそこそこ有名な選手でした。



今思えばこの時期が1番輝いていたかもしれません。









その勢いのまま中学では西濃ボーイズという硬式野球チームに入りました。
自信満々で入ったチームでしたが、野球の精鋭たちが集まるチームのレベルの高さと練習のキツさに圧倒される毎日でした。



これが野球人生初の挫折でした。



投手をやっていたにも関わらず、肩を怪我していた時期にはコーチからブルペンキャッチャーをやるように言われ、スラパンを持っていなかった私はパンツを2枚重ね、その間にファウルカップを入れてブルペンキャッチャーをしたこともありました。



そんな怒涛の3年間を乗り越えて、高校では大垣北高校という地元の進学校に入学します。
そこは公立校とは思えないくらい施設が整っており、ウエイトや野球の練習に打ち込み、投手としてもみるみるレベルアップしていきました。




しかし高校最後の夏は思うような結果を出せませんでした。
それでも自分の可能性を信じ、大学野球をやるという決断をしました。



そうして入学した筑波の野球部。
入部して半年、勉強になることも多い反面、失敗して反省する毎日です。




課題を見つけては解決しようとし、その過程の中でまた課題が見つかるということの繰り返しです。



先が見えない状態で模索する日々ですが、正しい積み重ねはいずれ自分の大きな自信や力につながると信じてコツコツ頑張ろうと思います。



信頼できる同級生と頼りになる先輩たちから多くのことを吸収しリーグで通用する立派な投手になることが今後の目標です。



かつての輝きを取り戻し、素晴らしい仲間とできる限られた時間を大切に取り組もうと思います。



今後とも応援よろしくお願いします。 










体育専門学群1年 御田村樹
岐阜県立大垣北高等学校

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