会長 井上正雄さんに「高知土と生命を守る会」の思い出を語ってもらいます。
前回からのつづき・・・・
半年くらい、そういった状況が続きましたが、段々と会員も増え来て、いつまでも青空市とボランティアでは続けることができなくなり、配送の専従者1名と会計を雇い、事務所を借りるようになりました。いろいろな問題が起こってもきたために月に何回か会合を開いたり、即売会を行ったりもしました。また、粉石けんを使って合成洗剤の追放や、ロングライフミルクの代わりに、斉藤牧場の山地酪農牛乳を使って低温殺菌牛乳の開発をしたり、


安全な醤油、味噌その他の食品や無公害製品を扱い始め、徐々に売り上げも増えてきました。その間に安全な食べ物の拡大に努め、有名な講師を招いたり、窪川原発の反対運動など、さまざまな行動を続けていくうちに、今の「NPO法人 土といのち」に連なってきました。
前回、発足時は青空の下生産者と消費者が交流しながら野菜や米、果物、卵などを受け取ったとありました。これが当時の考え方である有機農業の「提携」の原点かもしれません。 今やこの「提携」の考え方がアメリカでCSA、イタリアでGASという工場生産的農業やスーパーに対抗する運動として、全世界に広まっています。
前回からのつづき・・・・
半年くらい、そういった状況が続きましたが、段々と会員も増え来て、いつまでも青空市とボランティアでは続けることができなくなり、配送の専従者1名と会計を雇い、事務所を借りるようになりました。いろいろな問題が起こってもきたために月に何回か会合を開いたり、即売会を行ったりもしました。また、粉石けんを使って合成洗剤の追放や、ロングライフミルクの代わりに、斉藤牧場の山地酪農牛乳を使って低温殺菌牛乳の開発をしたり、


安全な醤油、味噌その他の食品や無公害製品を扱い始め、徐々に売り上げも増えてきました。その間に安全な食べ物の拡大に努め、有名な講師を招いたり、窪川原発の反対運動など、さまざまな行動を続けていくうちに、今の「NPO法人 土といのち」に連なってきました。
つづく