年寄りの漬物歴史散歩

 東京つけもの史 政治経済に翻弄される
漬物という食品につながるエピソ-ド

暦のずれ

2011年10月04日 | 築地市場にて
季節外れの寒さで、今年の冬が早い気がする。梅雨明けも異常と言っても良い位の早かった。しかし梅雨が早かった割に熱帯夜日数が少なかった気がする。2年前の今頃築地市場内外は中国人観光客でいっぱいだった。市場周辺では環状2号線の工事現場がだんだん市場に迫って来るようだ。三井造船の改築工事も終りになりそうで間もなく竣工しそうである。このビルは築地の名前を外して三井浜離宮ビルとなりそうである。魚のイメージ外しかもしれない。
 江戸時代、将軍吉宗の時代も天候は今と同じように変動していて昔の暦を使っていて暦の正確性に対する不信感があったのではないだろうか。そこに日食や月食予想が西洋の天文学が正確で洋学の解禁があったという。江戸時代の中頃まで暦に関しては幕府の力より朝廷の方が力があったというのは驚きである。安倍清明から始まる土御門家の力があったためと言う。
 洋学の解禁の名目となった西洋の学問から、数学・天文学・測量学と進み、ついでに医学が進み蘭学普及の原因となった。幕末の蘭学につながる人脈の上に福神漬の命名の経緯がつながる。
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