エッセイ ごめんなさい
私は長年,居間の真ん中に大きなテーブルを置き、何かと家事をしながら、子供達の宿
題をみたり遊んだり、友達もたくさん呼んで食事をする。会話の中心はそこから、そんな
活を夢見ていた。だから、家を建て替えた時、大きなテーブルを買った。
でも現実は、アイロンを掛けようにも、下の部屋から運ばなければならないし、息子た
も、食事が終われば自分の部屋に行ってしまう。友達も思ったほど集まらない。大きな
テーブルは厄介になり、一回り小さく仕立て直した。
午後、電話が鳴った。
「今度この地域に進出することになったリサイクルサービスですが、ご不要になった家
具や電気製品はないですか」と言う。「有ります、ソファーですが」すかさず言葉が出た。
2~3年前から重荷になってきている大きいソファーがある。買った時、2階の居間に入
れようとしたら、半間の階段の踊り場で回転ができず、後日、3人の配送の人が来てベ
ランダから入れた物だ。 しばらくは満
足していたが、その後に買ったリクライニングチェアーがとても座り心地がいいので隅
に置かれている。もう一つ、邪険に扱われているのは、皮張りの表面が、年数が経って
つるつると滑るので座りにくい。時々、どうしたら片付くかと考えていたところだった。
2日後に若い業者が来た。デジカメで2~3枚の写真を撮ったが、サイズも図らないし書
類らしいものも書かない。「3日経って連絡がなければ、今回は無かったことになります、
それより、何かご不要な貴金属はないですか」としつこく言う。なんてことはない、そちら
が本命だったのだと気が付いた。
ゆったりと座れるソファーや、大きなテーブルのある居間の風景は現実的ではなかった。
でも、あの時は欲しかった物だから後悔はしていない。よく考えないで買ってしまったた
事を、ごめんなさいと言う気持ちだ。