エッセイ 谷川岳の珈琲(1) 課題【切符・証明書】 2017・9・8
若い頃、いつも集まっていた友人達と、近くの山へ行くことが多かった。
その中の一人、安藤さんは背が高く、おしゃれな気取り屋さんだった。
体力はありそうなのに、すぐに弱気なことを言う。
山道が長く続き、足元が危なっかしい時など、皆も我慢しているのにそれを言うから、途端に「弱虫ね」となる。
「私は銀座で生まれたの、こんな所は無理よ」
「育った所は違うでしょう」
その後アテネフランセに通い、通訳になると言って会社を辞めた。
一年ほどしてから皆で会った。見違えるように体格ががっちりとして、日焼けしている。
私たちはどこか「フランス」的な雰囲気を予想していたから驚いた。
通訳はどうしたのかと聞くと、「無理」、後は何にも聞かないでと言うように強い口調で言った。
その代り新宿の山岳会に入って登山をしていると言う。
私たちは行ったこともない、遠くの有名な山を縦走したとか、雪山にビバークする等と、歯切れよくしゃべった。
「今度一緒に谷川岳に行こうよ、沢の水で入れた美味しい珈琲を飲ませてあげる」谷川岳とは腰が引けたが、今迄大きな顔をした手前、林さんと私が行くことになった。
その日は天気が悪く、雨と風が吹いていた。
安藤さんは大きなザックを背負ってきた。
上越線の土合駅だったか長い駅の階段を上り、改札口で「東京からです」といって切符を出した。
又長い道を歩いて山に登り始めた。
樹木の生えてない岩山に取り付いたが、強い風が下からも煽る。
背中でザックがぐらぐらと揺れる。
霧で何にも見えない。
不安がる私たちに「平気よ」と言いながら暫く登ったが、降りてきた男性グループに「やめた方がいい」と言われ、何か話をしていたが、諦めたのか下ることした。
本降りになった沢道を、それぞれが黙って歩いた。
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