エッセイ:音
夕食の支度をしていると雷が鳴った。
階段を駆け上がってくるルリ の足音がする。
上がってきたルリは、私を見つけると、低い声で小さく吠えながら、
ぴょんぴょんと飛びついて、抱っこしてとせがむ。
又雷が鳴って、大粒の雨が降り出した。「あっ、下の部屋の窓が開
いてた」ルリを置き去りにして階段を下りる。すると、ルリも一緒に降
りながら足に絡みつき、私の行く所に必死で付いてくる.
ルリは7キロ位の体重があるので結構重たいのだが、雷の時は抱き
しめ、気持ちが落ち着くのを待つ。
ルリは大きな音が大嫌いである。新聞屋さんのバイクの音、資源ご
みの回収の声、花火の音、そんな声が聞こえると、一目散にベラン
ダから首を出し、思いっきり吠え掛かる。
だが、雷の音は、とっても怖い音だと思っているらしい。嫌いな音
には吠え掛かり、怖い音には逃げ帰る。
又、私がくしゃみをすると、一目散に飛んできて、膝に手をかけ、
「大丈夫?」とでも言うように顔を覗き込む。
私は畳に布団を敷いて休むが、ルリは、私の掛け布団の端っこで寝
ている。
夜中に息子が帰ってくると、しゃかしゃかと、足の爪が畳を捉える 独
特の小さな音をたて、迎えに出る。
玄関で、酔っ払った息子が何か言っている。
そして又、しゃかしゃかと部屋に戻り、「ちゃんと帰ってきたよ」
とでも言うように、私の顔に「ふっ、ふっ」とひそやかな息をかけ、 寝
ている事を確かめて、ドスンと横になる。
隣の部屋で、息子の軽い咳払いが聞こえる。
晩年、ルリは耳が聞こえなくなって、雷の音やバイクの音、私のくしゃ
みの音にも反応しなくなった。大きな雷が鳴ってもすやすやと眠って
いる。
ルリから音が消え、そして死んだ。
私の耳から、ルリの「ふっ、ふっ」も、小さな足音も消えた。
【課題 音・色】
先生の講評
わが家のペット自慢の域をこえて、命にふれている。