同じくAmazonから入手したCDの「百萬」である。
これも欲しくてたまらなかったものである。
能に入っていくきっかけとなった作品である。
母性の哀れさ、子どもを思う気持ちのありがたさがあるからである。
それこそ、大衆、庶民文化の象徴である。
我々の先祖はこういうものを見て涙を流していたのだと思う。
ちなみに、こんな感じのストーリーである。
(テキストは「半魚文庫」を活用)
ワキ次第「竹馬にいざやのりの道。竹馬にいざやのりの道。誠の友を尋ねん。
詞「これは和州三芳野の者にて候。又これに渡り候ふ幼き人は。南都西大寺のあたりにて拾ひ申して候。此頃は嵯峨の大念仏にて候ふ程に。此幼き人をつれ申し。念仏に参らばやと存じ候。
こういう発端から始まる。
おさなごと離れた母の物語である。
次いで、アイ狂言が入って狂女の到来を告げ、それにしたがって、狂女が念仏を唱えながら登場する。
シテ詞「あら悪の念仏の拍子や候。わらは音頭を取り候ふべし。南無阿弥陀仏。
地「南無阿弥陀仏。
シテ「南無阿弥陀仏。
地「南無阿弥陀仏。
シテ「弥陀頼む。
地「人は雨夜の月なれや。雲晴れねども西へゆく。
シテ「阿弥陀仏やなまうだと。
地「誰かは頼まざる誰か頼まざるべき。
シテ「これかや春の物狂。
地「乱心か恋草の。
シテ「力車に七くるま。
地「積むとも尽きじ。
シテ「重くとも。ひけやえいさらえいさと。
地「一度に頼む弥陀の力。頼めやたのめ。南無阿弥陀仏。
地歌「げにや世々ごとの。親子の道にまとはりて。親子の道にまとはりて。なほ子の闇を晴れやらぬ。
シテ「朧月の薄曇。
地「わづかに住める世になほ三界の首枷かや。牛の車のとことはに何くをさして引かるらんえいさらえいさ。
シテ「輓けや輓けや此車。
地「物見なり物見なり。
シテ「げに百萬が姿は。
地「本よりながき黒髪を。
シテ「荊棘のごとく乱して。
地「旧りたる烏帽子引きかづき。
シテ「又眉根黒き乱墨。
地「うつし心か村烏。
シテ「憂かれと人は。添ひもせで。
地「思はぬ人を尋ぬれば。
シテ「親子のちぎり麻衣。
地「肩を結んで裾にさげ。
シテ「すそを結びて肩にかけ。
地「筵片。
シテ「菅薦の。
地「みだれ心ながら南無阿弥陀仏と。信心をいたすも我が子に逢はんためなり。
シテ「南無や大聖釈迦如来。我が子に逢はせ狂気をとゞめ。安穏に守らせ給ひ候へ。
ここは、始まって早速変化に富んだ部分であり、シテの動きといい、謡といい、楽しいところである。狂女を見た子方は、いちはやく、この女が自分の母ではないかと見破り、連れのものに尋ねるように頼むが、連れはすぐには子のことをあかさず、女に舞を続けさせようとする。
全文を掲げることはちょっと遠慮したいので、この辺で。
一気に終わりの場面へ。
ここで、立廻が入り、一曲はクライマックスを迎える。
シテ「これほど多き人の中に。などや我が子の無きやらん。あら。我が子恋しや。我が子給べなう南無釈迦牟尼仏と。
地「狂人ながらも子にもや逢ふと信心はなきを。南無阿弥陀仏。南無釈迦牟尼仏南無阿弥陀仏と。心ならずも逆縁ながら。誓に逢はせて。たび給へ。
ワキ「余りに見るもいたはしや。これこそおことの尋ぬる子よ。よく/\寄りて見給へとよ。
シテ「心強や。とくにも名乗り給ふならば。かやうに恥をばさらさじものを。あら恨めし。とは思へども。
地「たま/\逢ふは優曇華の。花待ち得たり夢か現か幻か。
キリ地「よく/\物を案ずるに。よく/\物を案ずるに。かの御本尊はもとよりも。衆生のための父なれば。母もろともに廻り逢ふ。法の力ぞ有難き。願も三つの車路を。都に帰る嬉しさよ。都に帰る嬉しさよ。
どうです?
いいもんでしょう。
泣けますな。
まったく。