愛媛県内でも、地域によって「魚」を意味する幼児語が異なっている。おおまかにわけて、松山地方から南予にかけての人には「ジジ」が通じて、菊間町より東寄りになると、「ジジ」は通じなない。今治地方では「タイタイ」とか「トト」と呼ぶようだ。関東地方でも「トト」というらしく、魚型をしたお菓子「おとっと」の語源とも思える。
「ジジ」については、手もとにある『日本国語大辞典』(以下辞典)を見てみると、少しばかり、関連しそうな記述があった。面白いテーマなので、簡単にまとめて見た。辞典によると、物が焼けるかすかな音を表す語。これに類する方言で、熊本県球磨郡五木では、魚を焼くことを「じじしてあげる」という。さらには、焼き魚自体を「ジジ」という事例が、同じ五木や、肥後菊池にある。魚肉を「ジジ」というのは、山口県豊浦郡、愛媛県松山、福岡県企救郡、熊本県芦北郡、宮崎県延岡にある。比較的九州に近いところに分布しているので、愛媛でも松山以西(中予・南予)で聞くことができるのも頷ける。
つまり、「ジジ」の発展過程は、①魚を焼く音としての「ジジ」→②焼いた魚を表す言葉としての「ジジ」→③魚全般を表す言葉としての「ジジ」、といえるだろう。
次に、「タイタイ」であるが、辞典によると、魚の幼児語。広島県比婆郡、山口県、大分県の方言だという。また、「タイタイ」は、もともと、幼児が両手を重ねて物を請う時に言う語、また、幼児に向かって物をくれるように言う語という。この事例は『本朝廿四孝』や『松翁道話』などの江戸時代の文献にも見えるようだ。また、幼児が両手を重ねて物を請うこと自体を「タイタイ」という事例が、江戸時代の俳諧書の『続山の井』に見える(「餅つつじたいたいするやわらべの手」)。
「タイタイ」は方言としては、青森県三戸郡、上方、岐阜県郡上郡、名古屋、徳島県、香川県、愛媛県、高知県にあり、類語で「てえてえ」が宮城県仙台にある。このようなことから、語源としては、タベタベ(給え給え)の義もしくは、「戴々」の字音かと推察できる。そこから、魚が餌を欲しがる様と、子供が物をねだる様を同じと見て、魚を「タイタイ」と呼ぶようになったのではないだろうか。決して代表的な魚である「鯛」からきた「鯛々」が語源ではないと思う。
つまり、「タイタイ」の発展過程は、①子供が物を欲しがる(給え給え)→②その様子は魚が餌を欲しがる様子とダブる。→③「魚」自体を「タイタイ」と呼ぶようになる、ということではないだろうか。
次に「トト」である。辞典によると、魚をいう幼児語、女房詞とある。狂言本の『腰折』に、「ととをくれうならば、はがわるいほどに、ほねはいや、みばかりくれいと云」とあるように、江戸時代には既に「トト」と呼んでいたようだ。元禄5年成立の『女重宝記』に「うをは、とと」とある(魚を「トト」と呼ぶ意味)。室町時代の辞書である『節用集』には、「斗斗 トト 倭国小児女、魚を呼びて斗斗と曰ふ。類節に云く、南朝、食を呼んで頭となす。魚を呼びて斗となす。此れ本や。」とある。室町時代には既に「トト」に関して、このような説明があるが、語源の詳細については、不明としか言いようがない。
2004年03月25日