「うた新聞」第10号 1月10日
・濁りなき鮮紅色にありしとぞジャンヌダルクの剣(けん)の滴は
*ジャンヌダルクはフランスとイギリスの100年戦争での英雄。その剣は、或いは人を殺したかも知れない。だがこの逸話には何か純粋で、神聖な印象がある。その美しさを詠んだ。かなり浪漫的だが、これも写生の一つだと思う。
・昼過ぎの地に列をなす蟻を見て不意に思えりローマの奴隷
*ローマの奴隷は鎖で繋がれていた。映画「ベンハー」などで知られている。現代に奴隷制度はないが、人間は何らかの「鎖」で繋がれている。地を這う蟻の列→奴隷→現代人、と僕の連想は膨らんで行った。そこに人間のありようをめぐっての、何か普遍的なものを感じたのである。
・冬の陽がグラスの中に屈折し描く楕円はわが新世界
*小さい頃から、しばしば経験したことだが、食事の時などテーブルを凝視することがあった。何かこう「夢か現か」分からない世界に入ることが多かった。自分が変に客観的に感じられた。今の時点で振り返ってみると、「われ」という存在が不思議に思えたのである。その凝視の時間は必ず家族の誰かの声で遮られた。そのあとは自分が自分でないように思えた。
この3首が「写生」「写実」かと聞かれれば肯定も否定も出来ない。だが斎藤茂吉が伊藤左千夫から「空想派」と呼ばれたのを考えると、これも「写生」と呼んでもいいだろう。島木赤彦の言う「概念歌」でもある。
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