・たまたまにリグヴェダ読みしろがねの如き言葉は身体をめぐる・
「地表」所収。1951年(昭和26年)作。「身体」は「からだ」と読む。
「リグヴェダ」はインドのバラモン教の最古の経典。のちにヒンズー教にもひきつがれた。アーリア人が書きとめたそうだから、どこかキリスト教の聖書と共通点があるのだろうか。クリシュナ神を奉って、
「ハーリー・ハーリー・クリシュナ。ハーリー・ハーリー。」と唱えると聞いたことがある。大学の「インド文化史」の授業だった。
何ここう、透明なものが体に吸い込まれていくような気がしたが、それを「しろがねの如き言葉」「身体をめぐる」と表現したのは、佐太郎独特の感受である。それほど「清浄な印象」のあるものだ。それを、見事な比喩(直喩)で表現した。
「比喩を使うなら、他にない・まこと言い当てている比喩を使いなさい。」
と言うのが、佐太郎の口癖だったそうである。
前衛短歌が「暗喩」を駆使したのに対し、佐太郎は「直喩」の名人である。(短歌における「喩」については、岡井隆著「現代短歌入門」にくわしい。)
佐太郎が前衛短歌の「暗喩」を意識したかどうかわからぬが、佐太郎の技法が前衛短歌の対抗軸のひとつだったことを示すものとして、その点からも注目に値すると思う。
それにしても、三句から結句にかけての表現は見事である。実際、敬虔な気持ちになる。試しに「リグヴェーダ」を読むか、聞くかするとよくわかる。