創造雑感

創造雑感ノート

網膜剥離術後の治療

2008-08-13 03:43:06 | イヴェント・告知



今年の5月26日に両目ともに重度の白内障と網膜剥離で緊急入院した。

友人に紹介された横浜にある「深作眼科医院」。
すでに右眼は見えない状態であった。
友人が車で病院へ連れて行ってくれなかったら近所の眼科医院に行くところであった。
電話予約は7月14日であった。既に予約では2カ月先まで一杯であったからだ。

5月27日に白内障、28日に網膜剥離の手術。
世界のトップクラスの技量を備えた深作医師により手術は無事に成功する。

左眼は7月28日と29日に施術。

白内障の術後は直ぐに日常に戻れるが、網膜剥離はうつ伏せの状態で一日20時間が基本治療。それが20日前後続いた。
まるで瞑想か反省のメ[ズである。

左眼のほうは右眼よりも若干軽かったために20日間よりもうつ伏せ状態は短縮されるようである。
通院以外は散歩も厳禁というかごの鳥状態の日々である。

7月の個展はキャンセル、グループ展は友人に頼んで出品、ライブや他の予定もすべてキャンセルという状態であった。
創作は基より過度の集中も出来ぬ状態が続くというのは食を断つよりも私にとってはきつい状態である。

無論、その状況に置かれた以上は試練、修行と思うほかはない。
、、まだこの状態がしばらく続くのである。


精神と肉体

2008-07-10 07:56:41 | イヴェント・告知
「精神と肉体」

精神と肉体は自覚した個人にとって即物的連動などしない。
ただ肉体の衰弱や疲労が全く影響を与えぬということではない。
無論、目的や方向性のない個人・自我の意識状態では肉体に大きく左右されやすいのは自明であるが。
 これは個人の死生観の自覚の強度に準じている。或いはどこまでこの意識状態を日常化し得ているか、とも。

 浅薄な無常観や相対的意識に呪縛されている魂はこの状況を断じて認めぬであろう。
 かかる状況は悲惨というしかないが、今日の時代はこの最も基本的、本質的問いに対して頗る無関心である。
 これは好んで困難や労苦、痛みを受け入れたくないという動物的本能に基づいた観点より導き出された個人の快不快という趣味趣向的感情による反応的考察判断なのである。
 現象的には地球規模の環境問題が世を賑わせている。だが、今一歩踏み込んで考察すれば明らかなこの人間・個人の自己認識という欠如のほうがより深刻な問題であるということを考えようともせぬという事こそ我々人間存在にとって最も大事で切迫した深刻極まりない問題である。
 我々個々人の想念、情念、思考の有り様がどれだけ人間の魂のみならず自然界に強い影響を与えているかを感受出来ぬ個々人の無自覚さと怠惰さが今後どのように現実化していくかは時とともに明らかになるであろうが、それも無自覚、無関心に見過ごされていくに違いない。
 これは嘆きや愚痴の類ではなく眼前の事実であり、如何ともし難い古今を通じての我々の根本的課題でもある。

                             2008年7月9日