四姉妹の祖母
サフランの母であり、オレガノの義母である
郷長の家に生まれ、何不自由ない暮らしで育つ
男尊女卑の社会という環境に加え、郷長という権力を持つ父親は
家族にも郷の人間にもパワハラ気味
生まれながらにその環境に置かれていたヘンルーダもそれを当然と受け入れ
自分より下の者に対しては父親譲りのパワハラ気質に育つ
縁談が決まり、婿養子をあてがわれてからはますますヒートアップ
婿養子は裕福な商家の三男坊
おっとりしたおぼっちゃまだったのがまた災いして、ヘンルーダが夫を虐げる日常
それを止めたのが2歳になる娘、サフランだった
「やめて、父様が死んじゃうよ」
たった2歳の娘が体を張って父親を庇うように覆い被さった光景と
慟哭の叫び声で、初めて自分の異常性に気付かされるヘンルーダ
それでも長年の気質はそうそう改まることもなく、幾度となくそれを繰り返した末に
このままでは家族が壊れると判断したヘンルーダは自ら離縁を申し出る
夫と、その境遇に同情した自分の妹がいつからか恋仲にあることも知って
家を捨てた
自暴自棄のように流離った先にたどり着いた村
たまたま立ち寄った教会で出会ったのは老いた神父
荒んだ様子のヘンルーダを気遣い、気にかけてくれる老神父に日々諭されるうち
なぜか素直にこれまでのことを打ち明けることができた
彼がヘンルーダにとっての救いだったのか
いつしか彼女はその村にとどまり、村の女性たちの一員となっていく
女性優位の社会を築く村で、彼女は第二の人生を始める
村の思想に共感したわけではなかったが、
訳ありの女たちは何も言わずヘンルーダを受け入れた
そしてヘンルーダもまた、老神父から離れがたい思いを抱いていた
父性愛だか異性愛だかは知らないが自分がその感情を自覚することは
置いてきた娘に申し訳が立たないことだと分かっていた
罪と償い、それと同じだけの重さを抱えた思慕は
彼がこの世に別れを告げる時まで頑なに秘められた
それと入れ替わりに現れたのは、娘のサフランだ
老神父がヘンルーダを気遣い、度々にヘンルーダの実家と連絡をとっていたことは
今はもうサフランしか知らない
彼女もまた老神父に敬意を払い、その親切を打ち明けぬまま逝った意志を尊重して
彼の根回しを黙し母親の前に現れた
成長したサフランは時折ヘンルーダに会うために村を訪れていたが
それを重ねるうちに村を訪れる目的は、母親ではなく、
この村の女性たちとの交流へと重きを置いていく
2歳にして勇敢にも怒り狂う母親に立ち向かった幼女は、勇猛な女戦士に成長した
よほどの適正だったのか、あっさりとヘンルーダを凌ぐ戦闘能力で
女戦士ここにあり、と近隣に名を馳せる頃
サフランは村に夫と娘を連れてきた
ヘンルーダにとっては、初孫だ
「親孝行させてくれてありがとう、だわ」
初めての育児に飽いて村を空けるようになった娘に変わって
孫であるシオを可愛がることとなったヘンルーダにサフランは言った
2歳で別れた娘、一度も忘れたことのない面差しを孫に見る
娘の成長を見守ることができなかった代わりに、孫の成長を見守ることができる
そうできる自分が、ここに存在することが尊い
初めて、暴力ではない愛を育てている
(皮肉屋の娘め、ああ本当にこれ以上はない親孝行じゃないか)
償いのために生きるなどとは言わないでください
そんな重いものを背負って、たった一人の人間に何ができるというのでしょう
あなたはまず幸せを知りなさい
その心が多くの幸せを生み、育て、世界を広く豊かにするのが良い
その時に初めて、償い、の意味がわかるはず
まだ村を訪れたての頃、一人、何のために生きていたのかもしれない頃
神の言葉を乞い、教えを必要として毎日のように教会に通ったヘンルーダに
老いた神父はそれを繰り返していた
ただ苦しいだけの人生から、逃れたかったのだとわかる
己の罪を精算して、一刻も早く、楽になりたかった
少なくともそれは、償いなどではなく
ヘンルーダが、その答えにたどり着いた時に真っ先に向かったのは
養老院
子沢山なはずなのに、今は一人ひっそりと養老院で暮らしている元夫の終焉の時
最期に謝る機会をくれてありがとう、と元夫は言った
彼もまた己の罪悪感にもがき足掻いていたのだと知る
一人と一人の人間が互いの罪を抱えて、それに向き合ったのはわずかひと月
許し許されて生涯を終えられるのは幸運
幸運を抱いて、ヘンルーダもまた生涯を閉じる
街道で猛獣に襲われていた人々を助けに入ったところで、馬車の暴走に巻き込まれた
この知らせが、村に届くだろうか
届くのなら、別れの言葉は「幸せだった」と伝わればいい
ありがとう
あなたたちのおかげで、私の人生は充足だった