昨年の今日、自分の歌声がFMラジオから流れていた。
体を固くして58分、ひとりで聴いていた。
その日、その頃、どんな気持ちですごしていたか蘇ってきた。
痛いような、全てが不安で仕方ない自分だったなぁ。
そして今日、広島の詞が生まれた。
夕べから、突然稼働しはじめた作詞モードは同時に関係ない別々の三つのシーンを写し出している。
あたしの思考回路はよく、いくつもの情報が入り交じる。
それをひとつづつ整理しながらダウンロード。
同時に二つ成功、生まれた。
おめでとう!
あとひとつは・・・砂時計が出ている。
同じ事が日常で起きる。
だから話しが混乱する。
まわりの人は大変だ。
・・・すみません。
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時間がたって見えてくるものがある。
よく、みんなが行ってしまった後を、自分の理解を確かめながら歩く。
ひとりぼっちになってしまうけれど、そうでなければ前には行けないらしい。
今と過去とこれからが同時進行、そんな一日。
3つも一度に浮かんできたのを、心の中で1つずつダウンロードする作業は、わくわくするものでしょうね。
私も時々、心の中から言葉がわきあがってくるのを感じます。
またそのモードがいつ来るかわからないので、できるだけその時に一気に書いてしまいたいのですが、なかなかそうもいきませんね。
語り部が村の子どもたちに語り伝えている絵が浮かびます。。
= 気に入ったなら持ってきな。いらなきゃ森に捨てとくれ =
最後のこれいいですね、いつも思います。
詞はいつも漠然と考えているのですが、思考回路が混線しているらしく、その「時」が来るのを待っています。
一気に来るのは朝方が多いです。
3つ目はいまだ砂時計(笑)
メロディーもだいたい朝、夢の続きのように下りてくるので、布団からそのままピアノに直行。
広島のうたは今週中にメロディーがついたらいいなぁ。