昭和23年に出版された猪飼九兵衛著「方言と大阪」(梅田書房)の
表紙カバーは和紙に芹澤圭介の図案自染。
そのカバーだと、こわごわページをめくることになるので、
はずして表紙カバーを額にいれて、壁に掛けました。
額にいれても、本のカバーはカバーですから、
題名と著者名とが、芹澤圭介氏の独特の図案で染められております。
ということで、どうしても『方言と大阪』という言葉に目がゆく。
そういえばと、本棚からとりだしたのは、
外山滋比古著「思考力の方法 聴く力篇」(さくら舎・2015年)。
一度、このブログでも引用したことがある箇所でした。
外山氏は「小中学生の作文コンクール」の審査員をしたことが
あったそうです。
「前後、10年くらいはその仕事をした。・・・
かつて経験したことで忘れられないことがある。
何かというと、関西のこどものほうが首都圏、その他の
地方のこどもたちより、作文がうまいということである。
もちろん作品は全国各地から寄せられる。審査する側としては、
応募者の出身などには目もくれない。そうして何人かの審査員の
評価を集計すると、上位入賞者は関西圏に集中するのである。
たいへんおもしろい結果だが、コンクールを主催するのは
全国紙だったりして、こういう地域的偏りは学業上も好ましくない、
と考えるのも無理からぬところである。
事務局の希望を汲んで東京、関東を中心に何名かを入賞者に入れる
ということが、毎年のようにおこなわれた。
そういうことは、小学校低学年においていちじるしい。
学校で国語の勉強を重ねて、高学年になると、先のような
西高東低はそれほどはっきりしなくなる。
低学年の関西の小学生は、生き生きした話ことばで
生き生きした文章にする。その点で、東のほうのこどもは及ばない。
しかし、学校で話すことばは棚上げして、文章を読ませることだけ
を教育していると、関西のこどもも関東のこどもと同じように、
知識のことばで文章を書くようになって、おもしろくない作文を
書くようになる、というわけであろう。・・・」(p182~183)
はい。外山滋比古氏は関東大震災の年に生れております。
ですから、この本は90歳以上になってからの本ですので、
こういうコンクールの裏側も自由に語っておられるのでしょう。
ちなみに、外山滋比古氏は昨年亡くなられました。
1923年11月3日生れ。2020年7月30日に亡くなる。
それはそうと、この本からの引用をつづけたいのですが、
いかんせん、ダラダラ引用しそうです(笑)。
ですから、ここは、この本の最後から引用することに。
「友人も、遠くにいる友がいい。論語に
『朋有り遠方より来(きた)る。亦(ま)た楽しからずや』
とあるが、遠い友がわれわれの人生を大きくしてくれることを
いまの人間は知らないかのようである。
・・・・・・・
ことばの力を信じる人は、
『聴く話す』ことばのかかえる考えが、
『読む書く』ことばの思考とはかなり大きく異なって
いることに気づくはずである。
聴く話すことばは、いかにも浅く、情緒的なように考えられながら、
ものごとを考えることのできる人にとっては、知的なするどさをもっていて、
読む書くことば、本の中のことばに、すこしも後れをとらないのである。
聴くことば、話すことば、読むことば、書くことば。
これをバラバラにしているために、ことばの力が
どれほど弱まっているかしれない。
これを、めいめいの生活のなかでしっかり結びつけることができれば、
ことばは真に人間と同じくらい大きなものになる。
ことば自体も、それを求めているはずである。
・・・・・」(p204~205)
うん。以前、幸田文や幸田玉のことばで、
東京の言葉を、たのしめるのじゃないかと思ったのですが、
関連の本が、古本では私はさがせなかった。
けれども、関西には、それ関連の古本が、
案外に簡単に探しだせるような気がします。
はい。芹澤圭介の表紙カバーの額をみながら、
そんなことへと、たのしみがひろがります。
今年は、この関連で本が読めますように。