織田正吉氏の「日本のユーモア」全3巻は、
ちょうど、半分ほど読みすすんだところ、
なんとも、遅読です(笑)。
たいへん面白いのですが、同じ本を読んでいると
何とも、読み込み、飲み込みがわるくなるので
ちょっと、本をかえて織田正吉著「笑いとユーモア」(ちくま文庫)を
すこし、齧ってみる。
すると、「時事コントや政治漫画」について触れた箇所が
鮮やかなので引用。
「前後の見とおしも、真実を見ぬく目もなく、ただそのときの多数がかもし出すムードに便乗して、鬱憤を晴らしているにすぎません」(p54)
その具体例が興味深いのでした。
「たとえば、賄賂政治で落首が氾濫した明和天明の田沼意次の時代に、田村をまいまいかぶり(カタツムリ)に見立て、――この虫つねは丸の内にはひ廻る、皆人銭出せ金だせ、まひなゐつぶれといふ(まひなゐは賄賂のこと)
といい、田沼意次の子・意知が殺害されたときには、
金とりて田沼るる身にくさゆへ 命捨ててもさのみをしまん
など江戸市民のあいだから出た無数の落首が田沼を攻撃しているのに、田沼が失脚し、あとを襲って老中に就任した松平定信がいわゆる寛政の改革に乗り出すと、
白河の清き流れに魚住まず 濁れる田沼いまは恋しき
という落首があらわれる始末です。白河というのは白河楽翁(松平定信)のことで、田沼の縁語になっています。あれほどさんざんに田沼を批判した落首が、もちろん同一の作者ではないにせよ、無節操、無定見に主張を変え、田沼時代のほうがいいというのです、これが、時事コントや政治漫画などが体質として持っている大きな欠点です。前後の見とおしも、真実を見ぬく目のなく、ただそのときの多数がかもし出すムードに便乗して、鬱憤を晴らしているにすぎません。・・・・
この種の笑いがきわめて自己中心的な笑いであることは、対立する立場の者同士でたがいに嘲笑しあう(風刺漫画)と称するものがよくその実体をあらわしています。
日本では、なぜか『風刺性があるかないか』で笑いの価値を判断する習慣があります。この種の笑いの価値は風刺性の有無にあるのではなく、風刺の質によることはいうまでもありません。・・・」(p54~55)
うん。「日本のユーモア」全3巻は、
こうして日本の歴史をユーモアの視点で取り出してくる通史なのです。
実にみごとなユーモアの歴史となっておりまして・・・・。
なんて、まだ途中までしか読んでいないのでした(笑)。
ついつい、愉しいと、読むのはおろそかになり、
だれかに、つたえたくなります。
ちょうど、半分ほど読みすすんだところ、
なんとも、遅読です(笑)。
たいへん面白いのですが、同じ本を読んでいると
何とも、読み込み、飲み込みがわるくなるので
ちょっと、本をかえて織田正吉著「笑いとユーモア」(ちくま文庫)を
すこし、齧ってみる。
すると、「時事コントや政治漫画」について触れた箇所が
鮮やかなので引用。
「前後の見とおしも、真実を見ぬく目もなく、ただそのときの多数がかもし出すムードに便乗して、鬱憤を晴らしているにすぎません」(p54)
その具体例が興味深いのでした。
「たとえば、賄賂政治で落首が氾濫した明和天明の田沼意次の時代に、田村をまいまいかぶり(カタツムリ)に見立て、――この虫つねは丸の内にはひ廻る、皆人銭出せ金だせ、まひなゐつぶれといふ(まひなゐは賄賂のこと)
といい、田沼意次の子・意知が殺害されたときには、
金とりて田沼るる身にくさゆへ 命捨ててもさのみをしまん
など江戸市民のあいだから出た無数の落首が田沼を攻撃しているのに、田沼が失脚し、あとを襲って老中に就任した松平定信がいわゆる寛政の改革に乗り出すと、
白河の清き流れに魚住まず 濁れる田沼いまは恋しき
という落首があらわれる始末です。白河というのは白河楽翁(松平定信)のことで、田沼の縁語になっています。あれほどさんざんに田沼を批判した落首が、もちろん同一の作者ではないにせよ、無節操、無定見に主張を変え、田沼時代のほうがいいというのです、これが、時事コントや政治漫画などが体質として持っている大きな欠点です。前後の見とおしも、真実を見ぬく目のなく、ただそのときの多数がかもし出すムードに便乗して、鬱憤を晴らしているにすぎません。・・・・
この種の笑いがきわめて自己中心的な笑いであることは、対立する立場の者同士でたがいに嘲笑しあう(風刺漫画)と称するものがよくその実体をあらわしています。
日本では、なぜか『風刺性があるかないか』で笑いの価値を判断する習慣があります。この種の笑いの価値は風刺性の有無にあるのではなく、風刺の質によることはいうまでもありません。・・・」(p54~55)
うん。「日本のユーモア」全3巻は、
こうして日本の歴史をユーモアの視点で取り出してくる通史なのです。
実にみごとなユーモアの歴史となっておりまして・・・・。
なんて、まだ途中までしか読んでいないのでした(笑)。
ついつい、愉しいと、読むのはおろそかになり、
だれかに、つたえたくなります。
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