和田浦海岸

家からは海は見えませんが、波が荒いときなどは、打ち寄せる波の音がきこえます。夏は潮風と蝉の声。

『 おいしーい 』

2024-12-06 | 短文紹介
庄野潤三著「明夫と良二」の中ほどに、
「ざんねん」と題する10ページほどの文がある。

姉と兄と弟との3人兄弟の一番下が風邪をひき下痢をする。
はじまりは

「 これから夏休みが始まるというのに、
  良二は下痢をして、梅干とお茶だけしか口に入れられない。
  みなが食べているのを、怨めしそうにじっと見ている。・・ 」

「昼はお茶と梅干だけ、こちらが冷し中華を食べていると、
 羨ましそうに見ている。・・・

 井村は細君と二人だけでお盆に知人の家へお参りに行ったが・・
 いろんな話をしているうちに、
 奥さんが梅酒はおなかをこわした時に飲むとよく効くといった。
 それを思い出した。

 『 ああ、それがいいわ 』
 と細君がいった。
 『 蜂蜜、入れましょうか 』
 『 それはいいだろう 』
 自分のうちで毎年つくる梅酒が台所にしまってある。
 ( お粥と一緒に食べさせた梅干も自家製であった )
 何本か、ある。
 細君はぐい呑に梅酒をついで、蜂蜜をいっぱいまぜてやった。
 良二は一口なめると、たまらないような声で、

 『 おいしーい 』といった。
 口に入れて、すぐに飲まずに、何遍もこねまわすようにしてから飲む。 」

兄の明夫が、良二のを飲みたがる。

「 『 良二、ちょっと 』
  『 なに! 』
  『 なにって、分かるだろう 』
  『 分りません 』
  『 おい 』
  『 は 』
  『 分るだろうといってるんだ 』
  『 分りません 』

  といったとたん、良二は、
  『 いて 』
  自分の膝を押えた。どうやら明夫が
  素早く『でこぴん』をくらわせたらしい、

  『 明夫 』
  と細君はいった。
  『 下痢して、ふらふらになっている弟を痛めつけるんじゃありません 』

  明夫は、まだ、ひと口くらいなめさせてくれてもいいだろうとか、
  けちだとか、思い切りの悪いことをいっていたが、井村に、
  『 しつこい 』といわれて、やっと諦めた。

  良二は、ぐい呑一杯の蜂蜜入り梅酒を飲む間に、七、八回、
  『 おいしーい 』といった。         」


なにか、まだ引用がたりないような気になるのですが、
これくらいにしておいて、
庄野潤三全集第10巻の月報10に、
庄野潤三のお兄さんの庄野英二氏が文を書いてます。
お兄さんの英二から、弟の潤三が語られております。
『 潤三は子供の頃、漫画が得意で・・・
  夢野朦郎という筆名を自分でつけていた。・・  』

そのあとの英二氏の回想を、ここに引用しておきたかった。

「 夢野朦郎の筆名の由来については、
 『 自分はぼんやりした性質だから 』と随筆の中に書いているが、
 『 潤三は子供の頃、兄弟の中でひとり変っていた。 』
 と亡母がよく話していた。

 茶の間で、子供たちが一緒におやつを食べている時、
 潤三も茶の間に坐っていながら、おやつに気がつかなかったり、
 家の近所の道を歩いていて、母とすれ違っておりながら、
 全然母に気がつかなかったり、ちょっと考えられないような
 放心状態になっていることが、ままあった。     」


ということは、弟の良二を描写している時の庄野潤三氏は
どうやら、御自分の小さな頃を重ね合わせている時のような
そんな筆力を自然と感じさせるものがありそうです。

はい。庄野英二氏のこの文を読むと、何だか、確信したくなります。
はい。ついつい月報をひろげると、あれこれ思い描きたくなります。

英二氏の文にこうもありました。

  「 兄弟共に、食意地が張っていて、
    はしたないことであるが、酒食に関することも多い。   」

そういえば、あらためて『明夫と良二』の場面が浮かびます。

『  ぐい呑一杯の蜂蜜入り梅酒を飲む間に、
   七、八回、 『 おいしーい 』といった。    』 
  

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