和田浦海岸

家からは海は見えませんが、波が荒いときなどは、打ち寄せる波の音がきこえます。夏は潮風と蝉の声。

画家の職業分野?

2023-10-17 | 絵・言葉
注文してあった古本が、今日の午後届く。その中の一冊
伊藤元雄編「絵の旅人 安野光雅」(ブックグローブ社・2021年)をひらく。

2020年12月24日に94歳で亡くなった安野光雅氏への追悼集でした。
パラリとひらいて読んだのは、
津和野安野光雅美術館館長・大矢鞆音氏の18ページにわたる文。
ご自身と、安野さんとの思い出が語られていきます。
うん。とりあえずは、この箇所を引用しておきたくなりました。

「安野さんとの付き合いが始まって35年が過ぎた。・・
 絵描きの何気ない日々の営みを話題にできることがうれしかった。・・
 若いころの個展の話があった。

『 毎年毎年、個展を開いた。自分で案内状をつくり、発送し、
  会場で一人ぽつんと来場者を待ち受ける。

  お客さんなんてほとんど来ない。
  それでも会期中は毎日詰めて、一人自分の絵と対峙する。

  そうすると、自ずと自分の絵のことがわかってくるし、
  見えてくる。そして来年はもっと良い絵を描こうと思う。
  終わると次の年に向けて必死に努力する 』。

 安野さんのこの個展は絵本画家としてのそれではなく、
 二紀会での油彩作品を描いていたころのことである。 」(p81)

この大矢鞆音氏の文には、こんな箇所もありました。

「安野さんの『絵のまよい道』は私にとって胸の奥に沈めていた
 感情を揺さぶるような、思わず涙してしまうような話が満載である。」(p83)

はい。さっそく、ネットで注文しました。ちなみに、
大矢氏の文の題は「安野光雅『絵のまよい道』を読みながら」とあります。

うん。そうだ、最後に、ここも引用しておかなければ。

「 小さいころから画家の職業分野を分けるとき、
  社会科の授業では、自由業と分けられる。・・・・

  安野さんは
 『 自由業は一生懸命やっても誉められない
   かわりに、怠けても叱られはしない。

   その自由のためなら、馬鹿にされても食えなくてもいい、
   という前提で絵描きという仕事がなりたっている、
   と思ったほうがいい。

   ある日、それが淋しくて、
  『 ああ、わたしは美神の使徒なのだ 』と、
   独りよがりに自分に言い聞かせてみるのは
   これもまた自由である 』と。      」(p86)

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