吉村昭著「関東大震災」(文春文庫)は、
p59からが「東京の家屋倒壊」として首都の内容へわけいってゆきます。
その前のページ(p57~58)に千葉県が出てきておりました。
はい。この機会に引用しておくことに。
「 千葉県の被害も、驚くべき数字をしめしている。・・・
殊に相模湾をのぞむ房総半島南西部の沿岸各地の被害はすさまじかった。
館山湾内の沿岸は最も激烈な地震に襲われ、
那古では900戸の人家のことごとくが全壊した。
館山町でも戸数1700戸の99パーセントが倒壊し、
附近一帯の田が2メートルも沈下し、砂が吹き出るという現象すら起った。
館山町に隣接した北条町では、戸数1600余戸中、
全壊1502戸、半壊47戸にも達し、
郡役所、中学校、停車場等すべてが全壊した。
古川銀行、房州銀行の建物が奇蹟的に残った以外は
柱の立っている家さえなく、電柱はかたむき、
電線は地上にたれて町全体が壊滅してしまった。
さらに亀裂は深さ2メートルにも及び、
陥没地域も多く、測候所と小松屋旅館などが亀裂の中に落ちこんだ。」
( ~p58)
ちなみに、この文庫の最後に、17冊が参考文献としてあげられています。
その中に、『安房震災誌』はありませんでした。
ひょっとすると、吉村昭氏は『安房震災誌』『大正大震災の回顧と其の復興』
などは手にしていなかったようです。
はい。当ブログでは
『安房震災誌』『大正大震災の回顧と其の復興』を手がかりに、
『安房郡の関東大震災』を語ってゆくのでした。
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