高校生のころはよくSFを読んだものだが、久しぶりにSFをまた読んでみたくなった。まだ読んだことのない名作はたくさんある。その中で気になっていた一つが、ネコが出てくるハインラインの「夏への扉」であった。この早川文庫[新版]表紙の「まめふく」さんによる絵は表紙買いしそうなほど素敵ではないか。
ハインラインは米国の1907年生まれで、日本では太宰治が同じ年の生まれだという。古い世代のイメージの強い太宰治と同じ年代の作家が、こんな未来的な小説を書いていたとは不思議な感じがする。本書は1957年の作であり、もう60年以上経っているので描写に古さも感じるが、そこに出てくる科学技術は2021年の現在でも実現されていないものもある。それが、本書の主要なテーマである冷凍睡眠とタイムトラベル(時間旅行)である。また、現在進行形で研究中の技術も出てくる。主人公の専門であるロボット技術もそうだ。「ほんものの肉でなければなどと贅沢をいうのではだめだが、そんなことをいうやつにかぎって、ハンバーグ・ステーキが、タンクで作られた肉か、天然ものの肉か、区別できはしないのだ」という2000年についての記述など、まさに現在最先端の代替肉の技術開発を予測できている。このように、SF小説における未来予測は当たることもあるけれど、当たらないことも多いというものだろう(もっと未来には実現することもあるだろうが)。
それよりも、普遍的な人間関係の物語が描かれているのであるが、想像上の未来的な状況設定の中で物語の限界が大きく広がっているところが、本書の魅力だと思う。それまでの30年間で、2回の大戦争、コミュニズムの没落、世界的経済恐慌、すべての動力源の原子力への転換などを経て、時代は1970年。恋人ベルと友人マイルズに裏切られて、主人公のダンは、飼いネコ・ピートとともに夏への扉を探すために、30年間の冷凍睡眠に入る。冷凍睡眠から戻ったダンは、何かに追い立てられるように、とにかく前へ前へと突き進む。ベルにも再会するが、「久しく前から、ぼくは、復讐という行為が、大人気ないものだという結論に達していた」と言うように、もうどうでもよくなっていた。あとになって、ベルという人間は、周囲を次々に不幸にしていく、犯罪者的なパーソナリティの持ち主であることもわかってくる。そして、最後の1/4くらいから、大きく展開する。起承転結の転である。何が起きたのかはここには書かないが、ダンよ、よくがんばったと言いたくなるような結末をむかえるのである。
繰り返すが、人間の物語+SF的シチュエーションの、ダブルでおもしろい小説である。もちろんネコも出てくるが、どちらかというと脇役かな。