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書評「「奇跡の自然」の守りかた(岸由二・柳瀬博一)」

2016-09-17 09:59:15 | 書評(生物医学、サイエンス)



今年の春夏、昼と夜に小網代の森に行ってきた。そのコンパクトながらも素晴らしい景観に私は感動した。
源流から海までの生態系がまるごと残された谷と言われている。本書では、三浦半島にある奇跡の自然、小網代の森を再生してきた中心人物である岸由二たちによって、その保全の歩みについて始まりから現在に至るまでが紹介されている。岸由二氏は、動物行動学の日本における第一人者である日高敏隆先生たちとともに、生物学の名著といわれているリチャード・ドーキンスの「利己的な遺伝子」を翻訳したりしている。慶応大学の生物学の教授(現在は名誉教授)でもあり、学究肌の方なのかと思いきや、研究よりも自然保護を実践することに意欲を燃やしてきた方であった。岸氏はあるとき小網代を案内されて一瞬で虜になり、ここの自然保護に身を投じることを決める。それ以来、小網代の自然保護の先頭に立ってきた。

その小網代の森の保全のやり方は、開発する企業や自治体を悪者にしないで協力して進める、自然を手つかずで放置するのでなく大胆に人の手を入れる、政治運動とは手を組まない、といった手法である。巻頭に小網代の風景や生物たちのきれいな写真がたくさん入っていて、その中に小網代の自然再生のための作業のようすが写っている。それを見るとかんぜんに土木作業であり、おもわず庭園デザイナーの仕事みたいだと思ってしまった。しかしこういう作業によって干上がった大地が湿原へと戻り、生物多様性が高まり、豊かな自然が回復するのである。こうした考え方は、新たに出てきた景観生態学という学問とも一致するようである。

ところが、こうした自然保護のやり方を批判する人たちがいるというのである。「自然好き」「生き物のプロ」を自認するプライドの高い訪問者の中には、「小網代の回復作業は自然破壊だ」「自然の再生は自然をそのまま放置しておくのがよいはずだ」と叫ぶ誤解と無理解が深く広がっているという。かくいう私も大学では生物学を専攻し、生態学の授業(30年前の)も受けていたが、人の手を入れて再生作業を行って生物多様性を回復していくという自然保護の考え方は今回初めて知ったことである。無知というのはおそろしいものだが、こうした方法の正当性を科学的に実証してわかりやすく示していく科学者側の努力も必要なのだろうと思った。



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