ワニなつノート

ようこそ就学相談会へ2017(その4)


ようこそ就学相談会へ2017(その4)

《就学相談会と「事件」のこと ③》



私にとって、去年の夏の事件は「ボクが殺されとったらどないすんねん!」という声と、話し続ける形になった。

なぜなら、事件のことは、被害者のことも加害者のことも分からないままだったから。

オリンピックの間、事件はなかったかのように過ぎた。
一瞬で理不尽に人生を終わらされた人の名前がただの一人も分からない一方で、メダルを取った人の名前が連日聞き続けた。

名前がないと、人は孤立し、無力にさせられ、そして透明になるのだと心底感じていた。

誰も覚えていない。覚えているための名前も、顔も、ほんの小さなエピソードさえ、知らない。

そういう状態で半年が過ぎたころ、何本かのテレビ番組と何冊かの本を手にすることができた。


その中に、「ボクが殺されとったらどないすんねん!」という声に、正面から応えている人の文章を見つけた。

『季刊Be!』という雑誌の125号(2016年12月)。
「相模原事件のこと、きちんと言葉にしよう」という特集が組まれている。

そこに、向谷地生良さんの「お互いを大事に思える対話を取り戻そう」という一文がある。

あまりに素敵な文章なので、私の感想は抜きに、まず紹介しようと思う。


      ◇


《お互いを大事に思える対話を取り戻そう》 

向谷地生良(ソーシャルワーカー・北海道医療大学教授)



………スタンフォード大学のラーマン博士による幻聴の調査が発表されました。

博士の研究グループは、アメリカ、インド、ガーナで統合失調症と診断されている成人を20人ずつ集め、幻聴について聴き取りをしたのですが、その内容が地域の文化によって大きく異なることが分かったのです。


アメリカでは、幻聴は暴力的で辛辣で憎しみに満ちたものが多く、声は自分とはかかわりのない人が発していました。


インドでは、家族や親族の声が多く、肯定的な幻聴が大半でした。
大人が子どもを諭すように語りかけてくるものや、おどけたり愉快な音などが体験されていました。


ガーナでは幻聴自体が特に異常なこととみなされておらず、「魂が語りかけてくる」体験は、文化の中に受け入れられています。
そのため幻聴と意識されないことが多いものの、報告があったものは肯定的な体験が中心でした。

どんな文化の中で暮らしているかで、幻聴の中身もこれほど違うのです。


       □

私たちは、周囲からのさまざまな声をとりこみながら生きています。
物事のとらえ方、自分や人への思い、日々の感情……。

どんな空気の中で生きているか、どういう声に囲まれているか、ということはとても大きいのです。


統合失調症の人が怖ろしい声に襲われたり、怖い幻視でパニックを起こしたとき、たくさんの人で温かく取り囲んで、「大丈夫だよ。私たちがあなたを守るからね」と言い聞かせると、この声と空気によって、パニックはスーッと収まります。


あらゆる医療、あらゆるかかわりの前提にあるのは、この「大丈夫だよ、あなたを守るよ」という語りかけでなければならないと思います。


回復のためには治療というよりも、良質の声が必要なのです。


人と人とのつながりが存在しないところでは、妄想的な考えが生まれやすくなります。


お互いを大切にする会話――

人を励ましたり勇気づける言葉――

違いを認め合うこと―――

弱さを受け入れ支えあうこと―――。

そのような、良質な言葉を取り戻し、広めていく必要があると思います。



《季刊Be! 2016.12》より抜粋



(つづく)
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