真相世界(The truth world)

201201皇室が「王家」で何が悪い!NHK完全に開き直る

"皇室を「王家」?" NHK「平清盛」に疑問の声→担当識者「国を思う方の批判は理解するが、皇室貶める意図なし」
http://uni.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1327382440/-100

≪NHK大河ドラマ「平清盛」で、当時の皇室(天皇家)を登場人物らが「王家」と呼んでいることが議論を呼んでいる。中国の冊封体制下で「王」は「皇帝」に仕える立場であることなどから、王家の呼称は「天皇家の権威をおとしめる表現」との批判があるためだ。≫

「韓流路線の関係です」と正直には言えないNHKは例によって御用学者を登場させた。

≪同番組の時代考証を担当し、本紙で「日本史ナナメ読み」を連載している本郷和人・東大史料編纂所准教授に、「王家」を使った理由を解説してもらった。
---
なぜ天皇家、皇室という言葉を用いなかったか。ひとことで言えば、「平清盛」の時代には使われていなかったから、です。≫

当たり前だ。「皇室」は現代語である。平安時代末期に現代語を喋るわけがない。

≪この時期には、天皇の血族をファミリーとして捉えるという概念がいまだ出現していない。
播磨の海、周防の灘、と命名しても「瀬戸内海」とまとめる言葉がなかったのと同じです。≫

瀬戸内海と皇室とどう関係があるのだろうか?
平安時代にもセクハラはあっただろうが、全体的概念はなかったのと同じで、皇室の説明になっていない。

≪近衛天皇の寺院、鳥羽上皇の御所、美福門院の荘園など、個別の名が用いられ、天皇家も皇室も、また「王家」も、言葉としては定着していません。≫

何だ!、自分で「『王家』が捏造だ」と言っているぞ。

≪それから150年、鎌倉時代末から南北朝時代、天皇家と皇室は依然として用いられていませんが、「王家」が各階層で使われるようになります。たとえば、
◎皇族…花園上皇「(後醍醐天皇は)乱髪、小袖一、帷一を著せしめ給うと云々、王家の恥、何事これにしかんや」(『花園天皇日記』元弘元年別記10月1日)
◎貴族…北畠親房「王家の権さらになきがごとくになりぬ」(『神皇正統記』二条天皇)
◎武士…結城直光「昔より誰の家か、王家の相門を出ざるや」(『源威集』前九年の役のこと)。≫

「王家」など古語辞典に載っていない。「たとえば」などと言っているが、誤用とまでは言わないが特殊例を必死に見つけてきたのだろう。
平安時代に用例を見つければ鬼の首を獲ったように騒いだだろうが、「それから150年」では残念な結果である。

≪どうして「王家」が登場したかというと、「平清盛」の時代、天皇イコール「王」だったことが素地になったのです。≫

よくこんなデタラメを断定的に言えるものである。

≪この頃、天皇という呼称はあまり使われず、みかど・主上、それに「王」が用いられた。≫

天皇という呼称が用いられなかったのは事実だが、「王」も用いられていなかった。

≪藤原信西の主導のもと制定された保元元年の新制(新しい憲法)は冒頭で「九州の地(日本全国)は一人(天皇)のもつところなり。王命(天皇の命令)のほ か、なんぞ私威を施さん」と力強く宣言しますし、「王法(天皇の法)と仏法は車の両輪」は頻出の決まり文句です。九条兼実(関白)は日記『玉葉』に、天皇 をしばしば「王者」と記す。≫

「王命」も古語辞典に存在しない。
「王法」は出てくる。

(俗世における)国王が定めた法。帝王の政治。▽「仏法(ブツポフ)」に対していう。
《平家物語・一・殿下乗合》 「これも世末になって、わうぼふの尽きぬる故なり」
《訳》
これも世が末になって帝王の政治が尽きたからである。

仏教語である。腐っても東大准教授である。初歩的な知識を知らないはずがない。意図的に仏教用語を曲解しているのである。
≪王命(天皇の命令)≫などと勝手に解釈しているのもあざとい。

教養人が「王」を用いる場合は「仏」に対する用語に限定されている。
後世無教養な連中が誤用した例もあるだろうが…。

「王者」に至っては、高校生でも知っている「儒教」の概念である。

≪貴族は彼我の上下関係にきわめて敏感でした。座席の上下を争い(座次争論)、下位の者が先に昇進(超越(ちょうおつ)といいます)すると強硬に抗議しま す。時には激怒して出家し、自ら家を絶やすことも。その貴族たちが、天皇を「王」と呼ぶことに、全く違和感を示していない。≫

だから、儒教的・仏教的概念の「王」と呼ぶ場合には違和感がないんだよ。

≪とすれば、皇帝が上位で王は下位、天皇は皇帝と同格だから王とは絶対に呼ばない…という現代的な私たちの理解は、当時の貴族社会には適用できないのではないか。≫

当たり前のことを何を偉そうに…。
少なくとも奈良時代以降、天皇に対して直接「王」と呼称した事例は一つもない。

≪こういうことはしばしばあって、たとえば「自由」はわれわれにとっては良い言葉ですが、かつては「自由の振る舞い」の如く、わがまま勝手を意味する悪い言葉だった。≫

「こういうことは」がどう「たとえば」に繋がるのか?
ここに至っては「支離滅裂」としか言いようのない文脈である。

≪では、天皇のファミリーは何と表現するか。中世史学界は、貴族を「公家」、武士を「武家」とするのにあわせて、これを「王家」と呼んでいます。≫

確かに中世史学界では「王家」を使用している。しかし、その概念は「天皇の子や孫で、親王宣下(センゲ)のない、また、臣下としての姓を賜らない男子」 まで拡大した皇族を指す場合が多い。要するに日本における本来の「王」の地位までを範囲にしたグループに用いられているのである。

何れにせよこの場合の「王家」は学術用語で、大河ドラマで使用するにふさわしい言葉かは推して知るべしだ。

≪天皇家・皇室の語が一般的になるのは明治以降だし、「朝廷」ならびに「朝家」は天皇の政府を指す(武家の「幕府」に対応)のでニュアンスが異なる。
「皇家」は適当ですが、「王家」に比べると使用例が乏しい。≫

「皇家」も「王家」も「皇室」も当時は使われていなかったのだから、どうせ現代語で喋るドラマである。もっと判りやすい言葉でよかっただろう。

≪NHKの制作サイドに尋ねられたとき、以上を勘案し、「王家」の使用を提案しました。純粋に 学問的な見地からの応答です。国を思う方々の批判は真摯に受け止めねばなりませんが、 皇室をおとしめる意志が露塵ほどもなかったことは、まちがいありません。≫

はいはい、もう結構ですよ。「韓国から苦情が来ない名称にしてくれ」と依頼されたんでしょう?

(参照)日帝と北朝鮮、あまりにそっくりな統治形態~北朝鮮では日王が金一族に変わっただけ
http://awabi.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1324989343/-100

天皇を日王と称している韓国だが、不思議なことに「日帝」とも言っている。
「日帝」を主張するなら「天皇」でないと筋が通らないのだが…。




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