かまだびょうえまさきよ ⑥
さて、長田が、義朝の首を持って六波羅にやってきました。清盛は、大変喜んで、
「よくぞ、やり遂げたな。見事である。これは、この度の褒美である。」
と言うと、巻き絹を千疋(せんびき:二反×1000)を給わり、靫部(ゆきべ:宮中警護)
の尉に任じました。驚いた長田は、
「靫部の尉とは、どういうことですか。それでは、私の骨折りが無駄になります。下さ
れた御教書(みぎょうしょ)の通りに恩賞を頂きたく思います。」
と、詰め寄りました。同席の侍達は、これを聞いて、
「やれやれ、よくも言いますな、長田殿。主君の首を取って、国を望むなどということが、
どこの世の中にあるのですか。変な話しとは思いませんか。」
と、どっと笑いました。景清は、
「如何に、長田殿。望みがあるならば、又別な機会に申しあげたらよかろう。今日は、
これまで、御退出あれ。」
と、言い渡しました。長田は、面色変わり、腹立ち紛れに、
「ええ、こんなことなら、無駄な骨折りなど、しなかったものを。」
と、言い捨てて御前を下がりました。
そこへ、取り次ぎの者が現れ、
「渋谷の金王と申す者が参りまして、清盛公に対面したいと申しております。」
と、伝えました。清盛公は、景清に向かって、
「むむ、その金王とは、義朝の家来。一騎当千の若武者と聞く。直の対面は、危ないの
ではないか。景清、お前に任せるから、良きに計らえ。」
と、言いましたが、その時、重盛は、
「いえ、彼が、わざわざ敵地である六波羅へやってきたのには、何か望みがあるはず。
ご対面なされても、危険なことは無いと存知ます。それそれ、金王をこれへ。」
と、言いますので、やがて、金王は、清盛公の御前に招かれました。清盛公が、
「お前は、義朝の家来、金王か。何しにここまで来たのか。話しを聞いてやろう。」
と、言うと金王は、
「されば、主君の義朝が、仲間の長田に討ち取られ、無念の極み、骨髄に達します。こ
れまで、長田を追って参りました。どうか哀れに思し召し、長田をお渡し下さい。主君
の敵、長田を討ち取り、殿への手向けに致したく思います。その後、この金王を、八つ
裂きにしようと、どうしようと、ちっとも後悔はありません。是非に、長田をお渡し下さい。」
と、懇願しました。清盛公は、これを聞いて、重盛と内談しました。
「むむ、奴の言うことは、道理であるが、長田は、この清盛にとっては、忠義の者。
どうするか。」
重盛は、
「それも、尤もではありますが、金王が言うことは、主君に対する誠の忠義。しかし、
長田の忠義は、誠の忠義とは言えません。ただ、自分の貪欲を満たすために主君を討ち、
侍の道から外れております。このような者を、忠義の者と、助けるならば、世に正道を
示すことにはなりません。正しい侍の道を世に示す為にも、金王の望み通りに、長田を
金王に下すべきかと思います。」
と、理路整然と答えました。これを聞いた清盛は、尤もと考えて、長田を金王に渡すこ
とにしたのでした。
さて、天罰は逃れることができないものです。そんなことになっているとも知らずに、
長田は、再度の訴訟に、のこのこと現れたのでした。しかし、金王が居るのを見と、
慌てて逃げ出しました。金王は、長田を引っつかむと、
「やあ、お久しぶりの長田殿。まあ、お待ちなさい。」
と言って、膝の下に、ねじ伏せました。清盛公は、これを見て、
「金王に長田を与える。さあ、そこで、長田を討て。」
と、言いました。金王は、
「畏まりました。」
と答えると、肩の骨踏みつけて、その首をばったりと切り落としました。金王は、清盛
公の前に畏まって、
「清盛公のお情けにより、かくも易々と、主君の仇を取ることができました。有り難い
ことです。さて、この上は、どうとでもご沙汰下さい。」
と、首を差し出しました。これを見た清盛公は、
「あっぱれ、お前は、剛の者。知行を与えるから、この清盛の家来となれ。」
と言いました。金王は、
「これは、清盛公のお言葉とも思えません。『賢人は、二君(じくん)に仕えず』と言
うではありませんか。源氏の末席で、厚いご恩を受けた身が、どうして今更、平家に仕
えることができましょうか。ただ、平家にできることは、この首を差し出すことだけです。」
と、顔を上げませんでした。これには、重盛を初め、居並ぶ平家の武士達も、あっぱれ
な武士であると感じ入りました。清盛公は、
「誠に、源氏の者は、聞きしにまさる武士である。命は助ける。すきにせよ。」
と、言い残すと、御座を立って下がられたのでした。喜んだ金王は、それから、甲斐源
氏を頼って下向しました。これもまた、源氏の世に繋がる御吉凶でありましょう。
千秋万歳(せんしゅうばんぜい)
末繁盛の御祝い
目出度しともなかなか
申すばかりは、なかりけり
おわり
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