「スパイの妻」によりヴェネチア国際映画祭の監督賞にあたる銀獅子賞を受賞した黒沢清監督の特別講演会が札幌で行われた。元々は春に予定されていた企画だったが,COVID-19の感染拡大を受けて延期され,この度ようやく開催に漕ぎ着けたとのこと。その間に上述した受賞があり,受賞作の上映も市内の二つの映画館で始まったこともあって,会場は満員。年齢層は比較的高かったが,すでに受賞作を鑑賞してきた観客も多かったようで,熱気に溢れた講演会となった。
講演会に先立ち,「監督が語りたい!傑作映画リスト12本」の中から選ばれた「マリアンヌ」と「パリの灯は遠く」の上映会も行われた。どちらも未見だったが,滅多に見る機会のない「パリの灯は遠く」を鑑賞することにした。上映前に主催者から本作に関しては日本での上映権が既に切れていたが,関係者の好意で特別にリマスター版を上映できることとなった旨の説明があった。監督は講演会の中でアラン・ドロンの代表作,と語っていたが,そもそもその存在すら知らなかった私としては,ミステリアスな筋立てと不条理な展開,ジャンヌ・モローやミシェル・ロンスデールの出演,そして監督が褒めちぎっていたジョゼフ・ロージー監督の演出の妙が後を引く秀作だった。
講演会はこの2作のハイライト部分を上映しながら,どの部分に惹かれるのか,どこが巧みなのかを,司会とのやり取りの中で明かしていく,という構成になるはずだった。
ところが映像を取り込んでいたラップトップマシンの調子が悪く,音声は聞こえているのに映像は止まったまま,という状態が長く続くこととなってしまった。結果的には機械の調整中に本日上映した映画とは直接関係のない雑談も挟むこととなり,終わってみれば講演会自体は15分ほど延び,更に会場から二つ出た質問に監督が丁寧に答える質疑応答も含めて,予定よりも30分延長されることとなった。ファンにとっては嬉しい誤算だったかもしれない。
最初に「パリの灯は遠く」について,アラン・ドロンの主演という点が肝だったが,演出も完璧,と手放しで絶賛。女ったらしの主人公(ドロン)とどうやら男女の仲だったらしい彼の親友の妻が,最初に画面に現れるショットについて「顔が遠くに半分しか映っていない。これJホラーがよく使う手なんです」と解説。物語の語り口も完璧で,こんな映画を撮りたい,と熱い賛辞を送っていた。
続く「マリアンヌ」についても,「主人公のブラッド・ピットが終始,ぼーっとマリオン・コティヤールに見とれているんですよ。戦争中のスパイものなのに」と,物語から受ける観客の既視感の裏をかく演出について褒めちぎっていた。ラストに妻の正体が判明するシーンについても「この愛は本物なのか?と彼女に訊くんですよ。普通,君はスパイなのか?と訊くべきですよね。ところが,ここに来て,愛について問うんですよ」と自作「スパイの妻」との相似点を意識されていたのかどうかは別として,やはり当たり前を疑う,という姿勢でこうなるだろうという観客の予想を覆すことにエネルギーを注ぐ演出家,という印象を強く受けた。
調整中の雑談では,30代は暇だった=仕事がなかったが,「cure」で話題を呼んだ頃は哀川翔主演のVシネマを立て続けにとって次に本編,その後またVシネマ,と息つく間もなく働き詰めの40代だったという話を楽しそうに語っていた。
会場から訊かれた「『スパイの妻』の拷問シーンについて,正面から残虐な状況を捉えたショットにしなかったのは何故か?」という質問に対しては「残酷なシーンは難しい。少しでも作り物っぽく見えると,もともと作り物だった物語そのものが嘘っぽくなってしまう危険性を孕んでいるから。それにお金もかかるし」と答えていた。
ちなみにもう一つの質問「監督のこれまでの生涯で冒した一番の悪行は?」という質問に対する答えは「車の速度違反17kmオーバーかな」だった。
次回作の予定は白紙,ということだったが,「cure」的なあやうさを保ちつつ,客を呼べる1級のエンターテインメントに仕上げた「スパイの妻」の見事な出来映えを見る限り,世界中のプロデューサーがオファーしてくることだって充分に現実的と言える。何故ロバート・ゼメキスおたくなのか,その答えが分かるかどうか,次回作への期待が募る1時間半だった。
講演会に先立ち,「監督が語りたい!傑作映画リスト12本」の中から選ばれた「マリアンヌ」と「パリの灯は遠く」の上映会も行われた。どちらも未見だったが,滅多に見る機会のない「パリの灯は遠く」を鑑賞することにした。上映前に主催者から本作に関しては日本での上映権が既に切れていたが,関係者の好意で特別にリマスター版を上映できることとなった旨の説明があった。監督は講演会の中でアラン・ドロンの代表作,と語っていたが,そもそもその存在すら知らなかった私としては,ミステリアスな筋立てと不条理な展開,ジャンヌ・モローやミシェル・ロンスデールの出演,そして監督が褒めちぎっていたジョゼフ・ロージー監督の演出の妙が後を引く秀作だった。
講演会はこの2作のハイライト部分を上映しながら,どの部分に惹かれるのか,どこが巧みなのかを,司会とのやり取りの中で明かしていく,という構成になるはずだった。
ところが映像を取り込んでいたラップトップマシンの調子が悪く,音声は聞こえているのに映像は止まったまま,という状態が長く続くこととなってしまった。結果的には機械の調整中に本日上映した映画とは直接関係のない雑談も挟むこととなり,終わってみれば講演会自体は15分ほど延び,更に会場から二つ出た質問に監督が丁寧に答える質疑応答も含めて,予定よりも30分延長されることとなった。ファンにとっては嬉しい誤算だったかもしれない。
最初に「パリの灯は遠く」について,アラン・ドロンの主演という点が肝だったが,演出も完璧,と手放しで絶賛。女ったらしの主人公(ドロン)とどうやら男女の仲だったらしい彼の親友の妻が,最初に画面に現れるショットについて「顔が遠くに半分しか映っていない。これJホラーがよく使う手なんです」と解説。物語の語り口も完璧で,こんな映画を撮りたい,と熱い賛辞を送っていた。
続く「マリアンヌ」についても,「主人公のブラッド・ピットが終始,ぼーっとマリオン・コティヤールに見とれているんですよ。戦争中のスパイものなのに」と,物語から受ける観客の既視感の裏をかく演出について褒めちぎっていた。ラストに妻の正体が判明するシーンについても「この愛は本物なのか?と彼女に訊くんですよ。普通,君はスパイなのか?と訊くべきですよね。ところが,ここに来て,愛について問うんですよ」と自作「スパイの妻」との相似点を意識されていたのかどうかは別として,やはり当たり前を疑う,という姿勢でこうなるだろうという観客の予想を覆すことにエネルギーを注ぐ演出家,という印象を強く受けた。
調整中の雑談では,30代は暇だった=仕事がなかったが,「cure」で話題を呼んだ頃は哀川翔主演のVシネマを立て続けにとって次に本編,その後またVシネマ,と息つく間もなく働き詰めの40代だったという話を楽しそうに語っていた。
会場から訊かれた「『スパイの妻』の拷問シーンについて,正面から残虐な状況を捉えたショットにしなかったのは何故か?」という質問に対しては「残酷なシーンは難しい。少しでも作り物っぽく見えると,もともと作り物だった物語そのものが嘘っぽくなってしまう危険性を孕んでいるから。それにお金もかかるし」と答えていた。
ちなみにもう一つの質問「監督のこれまでの生涯で冒した一番の悪行は?」という質問に対する答えは「車の速度違反17kmオーバーかな」だった。
次回作の予定は白紙,ということだったが,「cure」的なあやうさを保ちつつ,客を呼べる1級のエンターテインメントに仕上げた「スパイの妻」の見事な出来映えを見る限り,世界中のプロデューサーがオファーしてくることだって充分に現実的と言える。何故ロバート・ゼメキスおたくなのか,その答えが分かるかどうか,次回作への期待が募る1時間半だった。