ここ石川県は、東日本大震災の被害を受けていない。
すべてが通常通りに動いている。
…にも関わらず、ドラッグストアやスーパーでは、米や水が品切れになっている。
もっと深刻なのが首都圏で、コンビニやスーパーの棚はガラガラだとか。
乾電池やカセットコンロも完売で、ガソリンスタンドには長蛇の列。
みんな不安なんだ。
東北の惨状を何度も目にして、不安をかきたてられ、半ばパニックに陥っている。
だけど日本全土が被災したわけじゃない。
敵の攻撃を受けているわけでも、内戦が起こったわけでもない。
電力カットの影響も多少はあろうが、被災地以外では、生産も流通もほぼ通常どおりだ。
政府も食糧の備蓄は十分だと言う。
今現在は交通網の混乱とガソリン不足で、流通が滞っているけれど、
モノがないわけではないのだ。
ガソリンだって原油はたっぷりある。
精製して、必要な地域に運ぶのが若干遅れているだけ。
だから落着かなきゃ。
日本だけでなく、世界中の人が、被災地に手を差し伸べようとしている。
自分にできることなら、なんでもしたい!・・・と、みんなが思っている。
そんな時だからこそ、まず落着かなきゃ。
被災した方々をなんとか援助したいと思っているなら、まず落着かなきゃ。
買いだめによる品不足の現象は、
将来が不安だから捨てられない…という心理と、根っこは同じような気がする。
これは断捨離セミナーで学んだ捨てられないパターンのひとつ。
もしかしたら、いつか必要かもしれない…と、
あるかないか分からないその時のために、捨てずに取っておく。
捨ててしまったら、いつか困ることがあるかもしれない。
今この時を生きているのに、将来の不安に焦点を合わせている。
もしもの時なんて、来ないかもしれない。
困ること、必要になることなんて、ないかもしれない。
だけど、もし、万が一…。
そんな時がきたら、その時に対処すればいいし、
必要なモノなら、必ずなんらかの形で手に入る…というのが断捨離流。
必要なモノを入手できない自分を想定することも、断捨る。
この非常時に、必要以上に持たない、これは覚悟がいることだ。
周りが買いだめに走る中、自分だけが買い控えるのは、不安だし怖い。
幼い子どもがいたりすれば、なおさらだろう。
だけど、日本は大丈夫、つぶれたりしない。
物流もまもなく回復する。
たとえ今欲しいモノが一時的に入手できなくても、
それで飢えたり、凍えたり、まして命を落としたりすることはない。
買いだめが続くと、業者は大量発注をかける。
すると被災地に送る物資が、流用される恐れが出てくる。
しばらくの不便をみんなで辛抱することが、
しいては被災地の痛みを共有することに繋がるのではないだろうか。
愛する人や家を一瞬で失った方々にくらべれば、
そんな不便は些細なことに思えてくる。
今は、みんなが不安な時。
ダンシャリアンの私たちは、せめて必要最小限で生活する智恵と覚悟を持てたらいいと思う。