賑やかな話し声で僕は目を覚ました。
サイドテーブルに置いてあった小さな時計に目をやると8時ちょっと前を指している。
昨夜は着の身着のまま熟睡してしまった様で,ホテルのセントラルヒーティングのお陰でホカホカとした部屋の中で快適な朝を迎えて気分は爽快だった。
布団の上でヒトらしく眠るのも3週間ぶりだ。
牧師は昨夜出掛けたまま戻っていない様子で,僕は半開きのドアの向こうから聞こえる賑やかな声に吸い寄せられるみたいにフラフラと部屋の外へ出た。
入り口すぐ右手のフロントから威勢のいい声が聞こえた。
「ボンジューフ️」
反射的に片仮名の「ボンジュール」で答えると,フロントで歓談中だった若い男性2人が愛想の良い笑顔で話しかけてきた。何を言ってるのか全く理解できなかった僕は「メルシー」とだけ言ってから逃げる様にして階下へと降りた。急いで駆け降りる僕の背中に投げられた嫌味のない笑い声が心地良かった。
ホテルの前に飛び出してみると,昨夜とは違った動的な雰囲気が漂っていて少しドキドキしたが,朝の澄んだ日差しの中で陽気な声が溢れているのに安心感を覚えて,そのままトボトボと無意識に僕は歩き始めた。
すれ違う人たちがこちらへ軽く視線を向けるのが気になる。髭や髪の手入れをしていないアジア人がモスグリーンのフィールドコートのポケットに両手を突っ込んで背中を丸めながら歩いていたらさぞかし不気味なんだろうと納得して,僕は誰とも目が合わないように下を向いて歩き続けた。
石畳の繋ぎ目を追う様にしてそそくさと歩いていると,通りを挟んだ向こう側からオモチャのラッパみたいな音がパッと聞こえた。
咄嗟にそちらを見ると,中年のパリジェンヌ2人が僕の方を見ながら尻の辺りで手をパタパタとさせて笑っていた。
その様子に思わず吹き出した僕はちょっと元気が出て「ボンジュール」と呼び掛けた。その女性2人も手を挙げてニコニコしながら挨拶を返してくれた。
「11時まで時間があるな。1時間くらい歩いて戻れば丁度いい頃か」
余り腹も減っていなかったし,何だかとても楽しい気分になって,今度はしっかりと顔を上げてスピードを上げながら通り沿いを真っ直ぐ進んで行った。
10分もしないうちに黄葉のコントラストが絶妙なバランスをとった,思わず溜め息が漏れるほど美しい並木通が僕を歓迎してくれた。
まるで絵画にでも描いた様な風景に気をとられながらも速度を緩めずに歩いていると,更に10分ほどしてどことなく見覚えのある広場が視野に入った。
「ここは・・・」
そのまま森の様な並木通を抜けて広場に 辿り着くと,左手に広がる人工的な石造りの公園の向こう側にエッフェル塔が佇んでいた。
ドイツで見た大聖堂と似た畏怖も感じたが,どことなく優しさを纏いながら気品高く立っているその姿に心を奪われて一瞬見とれたのも束の間,突然目眩のような感覚が僕を襲った。
サイドテーブルに置いてあった小さな時計に目をやると8時ちょっと前を指している。
昨夜は着の身着のまま熟睡してしまった様で,ホテルのセントラルヒーティングのお陰でホカホカとした部屋の中で快適な朝を迎えて気分は爽快だった。
布団の上でヒトらしく眠るのも3週間ぶりだ。
牧師は昨夜出掛けたまま戻っていない様子で,僕は半開きのドアの向こうから聞こえる賑やかな声に吸い寄せられるみたいにフラフラと部屋の外へ出た。
入り口すぐ右手のフロントから威勢のいい声が聞こえた。
「ボンジューフ️」
反射的に片仮名の「ボンジュール」で答えると,フロントで歓談中だった若い男性2人が愛想の良い笑顔で話しかけてきた。何を言ってるのか全く理解できなかった僕は「メルシー」とだけ言ってから逃げる様にして階下へと降りた。急いで駆け降りる僕の背中に投げられた嫌味のない笑い声が心地良かった。
ホテルの前に飛び出してみると,昨夜とは違った動的な雰囲気が漂っていて少しドキドキしたが,朝の澄んだ日差しの中で陽気な声が溢れているのに安心感を覚えて,そのままトボトボと無意識に僕は歩き始めた。
すれ違う人たちがこちらへ軽く視線を向けるのが気になる。髭や髪の手入れをしていないアジア人がモスグリーンのフィールドコートのポケットに両手を突っ込んで背中を丸めながら歩いていたらさぞかし不気味なんだろうと納得して,僕は誰とも目が合わないように下を向いて歩き続けた。
石畳の繋ぎ目を追う様にしてそそくさと歩いていると,通りを挟んだ向こう側からオモチャのラッパみたいな音がパッと聞こえた。
咄嗟にそちらを見ると,中年のパリジェンヌ2人が僕の方を見ながら尻の辺りで手をパタパタとさせて笑っていた。
その様子に思わず吹き出した僕はちょっと元気が出て「ボンジュール」と呼び掛けた。その女性2人も手を挙げてニコニコしながら挨拶を返してくれた。
「11時まで時間があるな。1時間くらい歩いて戻れば丁度いい頃か」
余り腹も減っていなかったし,何だかとても楽しい気分になって,今度はしっかりと顔を上げてスピードを上げながら通り沿いを真っ直ぐ進んで行った。
10分もしないうちに黄葉のコントラストが絶妙なバランスをとった,思わず溜め息が漏れるほど美しい並木通が僕を歓迎してくれた。
まるで絵画にでも描いた様な風景に気をとられながらも速度を緩めずに歩いていると,更に10分ほどしてどことなく見覚えのある広場が視野に入った。
「ここは・・・」
そのまま森の様な並木通を抜けて広場に 辿り着くと,左手に広がる人工的な石造りの公園の向こう側にエッフェル塔が佇んでいた。
ドイツで見た大聖堂と似た畏怖も感じたが,どことなく優しさを纏いながら気品高く立っているその姿に心を奪われて一瞬見とれたのも束の間,突然目眩のような感覚が僕を襲った。
フラッシュバックの様に景色が歪んで,砲弾の音が耳の奥で木霊する。
とうとう立っていられなくなった僕は両耳を塞いだまましゃがみ込んで目をつぶった。
すると畳掛ける様に僕が見送ってきた何人もの人たちの最期の息遣いが甦る。
聞いたことがあるだろうか・・・。老人も子供も,男も女も関係なく漏れるあの声を。
あれは遠い昔,神という存在が土を使って象った人間の体に吹き込んだ息吹が戻る音なのだと牧師は説明した。
しかし,それは決して神々しいものではなく,僕には不快で恐ろしいものにしか思えなかった。
ニット帽の女の子の笑顔,ビクターの笑い声,人々の笑顔,道端の遺体,ジェイ・・・次から次に浮かび上がる記憶に交じってあの不気味な音が聞こえる。
僕の心臓はもはやそれに耐えられそうになかった・・・。