水持先生の顧問日誌

我が部の顧問、水持先生による日誌です。

共通テスト2021年 論理的文章(3)

2021年01月19日 | 国語のお勉強(評論)
10~18〈日本の妖怪観の変容〉前半

10 では、ここで本書の議論を先取りして、B〈 アルケオロジー的方法 〉によって再構成した日本の妖怪観の変容について簡単に述べておこう。
11 中世において、妖怪の出現は多くの場合「凶兆」として解釈された。それらは神仏をはじめとする神秘的存在からの「警告」であった。すなわち、妖怪は神霊からの「言葉」を伝えるものという意味で、一種の「記号」だったのである。これは妖怪にかぎったことではなく、あらゆる自然物がなんらかの意味を帯びた「記号」として存在していた。つまり、「物」は物そのものと言うよりも「記号」であったのである。これらの「記号」は所与のものとして存在しており、人間にできるのはその「記号」を「読み取る」こと、そしてその結果にしたがって神霊への働きかけをおこなうことだけだった。
12 「物」が同時に「言葉」を伝える「記号」である世界。こうした認識は、しかし近世において大きく変容する。「物」にまとわりついた「言葉」や「記号」としての性質が剥ぎ取られ、はじめて「物」そのものとして人間の目の前にあらわれるようになるのである。ここに近世の自然認識や、西洋の博物学に相当する(注)本(ほん)草(ぞう)学(がく)という学問が成立する。そして妖怪もまた博物学的な思考、あるいは嗜(し)好(こう)の対象となっていくのである。
13 この結果、「記号」の位置づけも変わってくる。かつて「記号」は所与のものとして存在し、人間はそれを「読み取る」ことしかできなかった。しかし、近世においては、「記号」は人間が約束事のなかで作り出すことができるものとなった。これは、「記号」が神霊の支配を逃れて、人間の完全なコントロール下に入ったことを意味する。こうした「記号」を、本書では「表象」と呼んでいる。人工的な記号、人間の支配下にあることがはっきりと刻印された記号、それが「表象」である。
14 「表象」は、意味を伝えるものであるよりも、むしろその形象性、視覚的側面が重要な役割を果たす「記号」である。妖怪は、伝承や説話といった「言葉」の世界、意味の世界から切り離され、名前や視覚的形象によって弁別される「表象」となっていった。それはまさに、現代で言うところの「キャラクター」であった。そしてキャラクターとなった妖怪は完全にリアリティを喪失し、フィクショナルな存在として人間の娯楽の題材へと化していった。妖怪は「表象」という人工物へと作り変えられたことによって、人間の手で自由自在にコントロールされるものとなったのである。こうしたC〈 妖怪の「表象」化 〉は、人間の支配力が世界のあらゆる局面、あらゆる「物」に及ぶようになったことの帰結である。かつて神霊が占めていたその位置を、いまや人間が占めるようになったのである。
15 ここまでが、近世後期――より具体的には十八世紀後半以降の都市における妖怪観である。だが、近代になると、こうした近世の妖怪観はふたたび編成しなおされることになる。「表象」として、リアリティの領域から切り離されてあった妖怪が、以前とは異なる形でリアリティのなかに回帰するのである。これは、近世は妖怪をリアルなものとして恐怖していた迷信の時代、近代はそれを合理的思考によって否定し去った啓(けい)蒙(もう)の時代、という一般的な認識とはまったく逆の形である。
16 「表象」という人工的な記号を成立させていたのは、「万物の霊長」とされた人間の力の絶対性であった。ところが近代になると、この「人間」そのものに根本的な懐疑が突きつけられるようになる。人間は「神経」の作用、「催眠術」の効果、「心霊」の感応によって容易に妖怪を「見てしまう」不安定な存在、「内面」というコントロール不可能な部分を抱えた存在として認識されるようになったのだ。かつて「表象」としてフィクショナルな領域に囲い込まれていた妖怪たちは、今度は「人間」そのものの内部に棲(す)みつくようになったのである。
17 そして、こうした認識とともに生み出されたのが、「私」という近代に特有の思想であった。謎めいた「内面」を抱え込んでしまったことで、「私」は私にとって「不気味なもの」となり、いっぽうで未知なる可能性を秘めた神秘的な存在となった。妖怪は、まさにこのような「私」を(オ)〈 トウ 〉エイした存在としてあらわれるようになるのである。
18 以上がアルケオロジー的方法によって描き出した、妖怪観の変容のストーリーである。

注 本草学――もとは薬用になる動植物などを研究する中国由来の学問で、江戸時代に盛んとなり、薬物にとどまらず広く自然物を対象とするようになった。


⑪中世の妖怪

 妖怪の出現……「凶兆」
   ∥
 神秘的存在からの「警告」
   ∥
 妖怪……神霊からの「言葉」を伝えるもの
   ↓
 一種の「記号」
   ↓
 人間……所与の「記号」を「読み取る」 → 神霊への働きかけをおこなう


⑫⑬⑭近世の妖怪

 「物」……「物」そのものとして人間の目の前にあらわれる
    ↓
 近世の自然認識・本草学の成立
    ↓
 妖怪……博物学的な思考・嗜好の対象

 「記号」……約束事のなかで作り出すことができる
    ∥
人間のコントロール下
    ↓
 「表象」……形象性、視覚的側面が重要な役割を果たす「記号」

 妖怪の表象化 = キャラクター化
    ↓ リアリティの喪失
 フィクショナルな存在・娯楽の題材

問4 傍線部C「妖怪の表象化」とは、どういうことか。→対比・変化の把握。「やや易」

 ① 妖怪が、人工的に作り出されるようになり、神霊による警告を伝える役割を失って、人間が人間を戒めるための道具になったということ。
 ② 妖怪が、神霊の働きを告げる記号から、人間が約束事のなかで作り出す記号になり、架空の存在として楽しむ対象になったということ。
 ③ 妖怪が、伝承や説話といった言葉の世界の存在ではなく視覚的な形象になったことによって、人間世界に実在するかのように感じられるようになったということ。
 ④ 妖怪が、人間の手で自由自在に作り出されるものになり、人間の力が世界のあらゆる局面や物に及ぶきっかけになったということ。
 ⑤ 妖怪が、神霊からの警告を伝える記号から人間がコントロールする人工的な記号になり、人間の性質を戯画的に形象した娯楽の題材になったということ。

 ①「人間が人間を戒めるための道具になった」、③「人間世界に実在するかのように感じられるようになった」、④「人間の力が世界のあらゆる局面や物に及ぶきっかけになった」、⑤「人間の性質を戯画的に形象した娯楽の題材になった」が×。②が正解。

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共通テスト2021年 論理的文章(2)

2021年01月19日 | 国語のお勉強(評論)
6~9〈方法論〉

6 妖怪に対する認識の変容を記述し分析するうえで、本書ではフランスの哲学者、ミシェル・フーコーの言う「アルケオロジー」の手法を(ウ)〈 エン 〉ヨウすることにしたい。
7 アルケオロジーとは、通常「考古学」と訳される言葉であるが、フーコーの言うアルケオロジーは、思考や認識を可能にしている知の枠組み――「エピステーメー」(ギリシャ語で「知」の意味)の変容として歴史を描き出す試みのことである。人間が事物のあいだにある秩序を認識し、それにしたがって思考する際に、われわれは決して認識に先立って「客観的に」存在する事物の秩序そのものに触れているわけではない。事物のあいだになんらかの関係性をうち立てるある一つの枠組みを通して、はじめて事物の秩序を認識することができるのである。この枠組みがエピステーメーであり、しかもこれは時代とともに変容する。事物に対する認識や思考が、時間を(エ)〈 ヘダ 〉てることで大きく変貌してしまうのだ。
8 フーコーは、一六世紀から近代にいたる西欧の「知」の変容について論じた『言葉と物』という著作において、このエピステーメーの変貌を、「物」「言葉」「記号」そして「人間」の関係性の再編成として描き出している。これらは人間が世界を認識するうえで重要な役割を果たす諸要素であるが、そのあいだにどのような関係性がうち立てられるかによって、「知」のあり方は大きく様変わりする。
9 本書では、このアルケオロジーという方法を踏まえて、日本の妖怪観の変容について記述することにしたい。それは妖怪観の変容を「物」「言葉」「記号」「人間」の布置の再編成として記述する試みである。この方法は、同時代に存在する一見関係のないさまざまな文化事象を、同じ世界認識の平面上にあるものとしてとらえることを可能にする。これによって日本の妖怪観の変容を、大きな文化史的変動のなかで考えることができるだろう。


⑥⑦⑧
 ミシェル・フーコーの「アルケオロジー」
   ∥
 知の枠組み(エピステーメー)の変容として歴史を描き出す試み
    ↓
  西欧の「知」の変容
    ∥
 「物」「言葉」「記号」「人間」の関係性の再編成

⑨⑩
  妖怪観の変容
    ↓
 「物」「言葉」「記号」「人間」の布置の再編成として記述 = アルケオロジー的方法


問3 傍線部B「アルケオロジー的方法」とは、どのような方法か。→ 言い換え部分を見つける。「標準」

 ① ある時代の文化事象のあいだにある関係性を理解し、その理解にもとづいて考古学の方法に倣い、その時代の事物の客観的な秩序を復元して描き出す方法。
 ② 事物のあいだにある秩序を認識し思考することを可能にしている知の枠組みをとらえ、その枠組みが時代とともに変容するさまを記述する方法。
 ③ さまざまな文化事象を「物」「言葉」「記号」「人間」という要素ごとに分類して整理し直すことで、知の枠組みの変容を描き出す方法。
 ④ 通常区別されているさまざまな文化事象を同じ認識の平面上でとらえることで、ある時代の文化的特徴を社会的な背景を踏まえて分析し記述する方法。
 ⑤ 一見関係のないさまざまな歴史的事象を「物」「言葉」「記号」そして「人間」の関係性に即して接合し、大きな世界史的変動として描き出す方法。


 ①「その時代の事物の客観的な秩序を復元して描き出す」×
 ③「「物」「言葉」「記号」「人間」という要素ごとに分類して整理し直す」×
 ④「同じ認識の平面上でとらえることで、ある時代の文化的特徴を社会的な背景を踏まえて分析し記述する」×
 ⑤「関係性に即して接合し、大きな世界史的変動として描き出す」×
 ②が正解。
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共通テスト2021年 論理的文章(1)

2021年01月19日 | 国語のお勉強(評論)
第1問 次の文章は、香川雅信『江戸の妖怪革命』の序章の一部である。本文中でいう「本書」とはこの著作を指し、「近世」とは江戸時代にあたる。これを読んで、後の問いに答えよ。なお、設問の都合で本文の段落に1~18の番号を付してある。

 出典は、香川雅信『江戸の妖怪革命』。「妖怪」をテーマにした文章は、入試評論文として珍しくない。同書から出題された2017年の北海道大学の問題を放課後講習で扱った。コロナ禍でアマビエが脚光をあびたことを踏まえて作られた問題だろう。
 出題型式は、従来のセンター試験とほぼ同じだった。写真や絵、グラフや表と言った、文字ではないテクストは扱われなかった。
 「生徒がつくったノート」という形で、本文とは別のテクストが示されたとはいえ、目新しさはない。
 共通テストの目標として、複数テクストの読解力や高度な思考力を問うことが挙げられていたが、拍子抜け感は否めない。
 センターの過去問を普通に練習してきた子が、ふつうに実力を発揮できる問題という意味では、よかったと言える。


問1は、例年どおり五つの漢字問題。選択肢が4つになったのは大きな変化だ。「標準」

(ア)ミンゾク 民俗 → ③
 ① 楽団にショゾクする 所属
 ② カイゾク版を根絶する 海賊
 ③ 公序リョウゾクに反する 良俗
 ④ 事業をケイゾクする 継続

(イ)カンキ 喚起 → ①
 ① 証人としてショウカンされる 召喚
 ② 優勝旗をヘンカンする 返還
 ③ 勝利のエイカンに輝く 栄冠
 ④ 意見をコウカンする 交換

(ウ)エンヨウ 援用 → ②
 ① 鉄道のエンセンに住む 沿線
 ② キュウエン活動を行う 救援
 ③ 雨で試合がジュンエンする 順延
 ④ エンジュクした技を披露する 円熟

(エ)ヘダてる 隔てる → ③
 ① 敵をイカクする 威嚇
 ② 施設のカクジュウをはかる 拡充
 ③ 外界とカクゼツする 隔絶
 ④ 海底のチカクが変動する 地殻

(オ)トウエイ 投影 → ①
 ① 意気トウゴウする 投合
 ② トウチ法を用いる 倒置法
 ③ 電気ケイトウが故障する 系統
 ④ 強敵を相手にフントウする 奮闘


 本文を読み始める前に、設問にざっと目を通すのは受験国語の大原則。
 定石にしたがうと、問5に示された「ノート1」に、本文の段落分けが載っていることに気づく。
 小見出しまでつけてくれてあるし。
 分け方が問われているわけではなさそうだから、これを参考にして本文の意味段落を把握できる。


1~5〈問題設定〉

1 フィクションとしての妖怪、とりわけ娯楽の対象としての妖怪は、いかなる歴史的背景のもとで生まれてきたのか。
2 確かに、鬼や天狗など古典的な妖怪を題材にした絵画や芸能は古くから存在した。しかし、妖怪が明らかにフィクションの世界に属する存在としてとらえられ、そのことによってかえっておびただしい数の妖怪画や妖怪を題材とした文芸作品、大衆芸能が創作されていくのは、近世も中期に入ってからのことなのである。つまり、フィクションとしての妖怪という領域自体が歴史性を帯びたものなのである。
3 妖怪はそもそも、日常的理解を超えた不可思議な現象に意味を与えようとするミン(ア)〈 ゾク 〉的な心意から生まれたものであった。人間はつねに、経験に裏打ちされた日常的な原因―結果の了解に基づいて目の前に生起する現象を認識し、未来を予見し、さまざまな行動を決定している。ところが時たま、そうした日常的な因果関係では説明のつかない現象に遭遇する。それは通常の認識や予見を無効化するため、人間の心に不安と恐怖を(イ)〈 カン 〉キする。このような言わば意味論的な危機に対して、それをなんとか意味の体系のなかに回収するために生み出された文化的装置が「妖怪」だった。それは人間が秩序ある意味世界のなかで生きていくうえでの必要性から生み出されたものであり、それゆえに切実なリアリティをともなっていた。A〈 民間伝承としての妖怪 〉とは、そうした存在だったのである。
4 妖怪が意味論的な危機から生み出されるものであるかぎり、そしてそれゆえにリアリティを帯びた存在であるかぎり、それをフィクションとして楽しもうという感性は生まれえない。フィクションとしての妖怪という領域が成立するには、妖怪に対する認識が根本的に変容することが必要なのである。
5 妖怪に対する認識がどのように変容したのか。そしてそれは、いかなる歴史的背景から生じたのか本書ではそのような問いに対する答えを、「妖怪娯楽」の具体的な事例を通して探っていこうと思う。


①②
 フィクションとしての妖怪 = 娯楽の対象としての妖怪……近世の中期以降に成立

③日常的な因果関係で説明のつかない現象に遭遇
    ↓
 不安・恐怖 = 意味論的危機
    ↓
 説明できない現象を意味の体系に回収する文化的装置
    ∥
 妖怪……切実なリアリテュイをもつ
    ∥
民間伝承としての妖怪
    ↑
④⑤  ↓
 娯楽・フィクションとしての妖怪……どのように生まれたのか


問2 傍線部A「民間伝承としての妖怪」とは、どのような存在か。→ 言い換えを探す。①を読んだ瞬間に選べるはず。「易」

 ① 人間の理解を超えた不可思議な現象に意味を与え日常世界のなかに導き入れる存在。
 ② 通常の認識や予見が無効となる現象をフィクションの領域においてとらえなおす存在。
 ③ 目の前の出来事から予測される未来への不安を意味の体系のなかで認識させる存在。
 ④ 日常的な因果関係にもとづく意味の体系のリアリティを改めて人間に気づかせる存在。
 ⑤ 通常の因果関係の理解では説明のできない意味論的な危機を人間の心に生み出す存在。

 ①が正解。②「フィクションの領域においてとらえなおす存在」、③「未来への不安を意味の体系のなかで認識させる存在」、④「意味の体系のリアリティを改めて人間に気づかせる存在」、⑤「意味論的な危機を人間の心に生み出す存在」が×。
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「目に見える制度と見えない制度」(中村雄二郎)3 二段落後半

2020年12月08日 | 国語のお勉強(評論)
6 人間関係がいっそう複雑化し間接化する中で社会生活が合理的に円滑に運営されていくためには、その中にいるものとして私たちが、その社会関係を全体にわたって見渡すことができ、また調整したり統御したりすることができるように、〈 社会関係そのものが合理化され、客観的に示 〉されなければならないであろう。逆に言うならば、〈 社会関係を合理化し客観化すること 〉によって社会生活が円滑な安定したものになるのであり、自然物へのはたらきかけによって生み出されたさまざまのものも、私たち人間にとって役立つものとして使われることができるようになるのである。法律といい制度というのは、このように集団内部での人間相互の関係を合理化し客観化したものにほかならないであろう。

Q8「社会関係そのものが合理化され、客観的に示」すために作られたものは何か。
A8 法律や制度

Q9「社会関係を合理化し客観化すること」とあるが、何のためか。40字程度で抜き出せ。
A9 人間関係がいっそう複雑化し間接化する中で社会生活が合理的に円滑に運営されていくため

Q10「社会関係」が「合理化され、客観的に示され」るとは、何がどうなることか。
A10 社会を構成する人間同士の関係が、
   法律や制度という形で、誰もが全体像を把握でき調整・統御可能なものとして
   成立していること

  (例)婚姻関係  賃貸契約  流通システム

法律・制度
  ↓
社会関係の合理化・客観化
  ↓
社会生活……円滑化・安定化
自然から生まれたもの……人間に役立つもの
(近代社会の様相)
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「目に見える制度と見えない制度」(中村雄二郎)2 二段落前半

2020年12月06日 | 国語のお勉強(評論)
3 そこでまず、交通法規や物権法など、一般に法律が、また制度がなぜあるのかということから考えてみる。言うまでもなく私たち人間は、単なる個人としてではなく、集団のうちで他人との関係において生きている。それも、初めに個々人がありそれらが集まって社会となるのでも、また、初めに社会がありその一部分として個人があるのでもない。集団あるいは社会といい個人というのは、私たち人間の在り方の二つの相であり側面であって、両者が結びついているところに現実の私たち人間の姿がある。もしも集団や社会のうちに個人が含まれているというならば、同時にまた、〈 個々人のうちにも社会は内面化されている 〉のである。

〈内面化〉
 社会学的観点:社会の価値や規範を自然に受け入れている状態。
 心理学的観点:自分の担う役割をそった行動や態度が自然にできる状態。

人間
 個人→社会・社会→個人
     ↑     ではなく
     ↓
 社会〈個人〉― 個人〈社会〉
          ∥
        社会の内面化

Q4「個々人のうちにも社会は内面化されている」とはどういうことか。40字以内で説明せよ。
A4 自分は社会の一員であるという意識が、個人のなかに自然に備わっているということ。


4 だが、この集団の中での他人との関係は、集団が大きくなり複雑になるにつれて、直接的ではなく間接的なものになるだろう。家族や友人仲間のような小さな集団では、通常とくにそれを律する規則がなくとも秩序が保たれる。しかし居住地の地域社会でも学術団体や政治団体でも、とにかくその成員の数が多くなると、どうしてもそこでの人間関係が間接的なものにならざるを得ない。けれども人間関係の間接化はそれだけに尽きない。もっと本質的なことがほかにある。すなわち、私たち人間は社会の中で集団生活を営みながら、〈 労働 〉によって周囲に存在する自然の物体にはたらきかけ、さまざまなものを作り出してきた。それは衣食住の必需品からそれを超えたいろいろな技術的製作物や文化的な諸施設にも及ぶ。そして、そのような活動は、〈 自然物に人間の刻印を押すこと 〉であり、自然物を人間化して自己の所有とすることであった。この場合、そのようにして作り出されたさまざまのものは、強く人間的な意味を帯びるだけではない。それ自身が私たちの社会生活にとって不可欠な部分となり、それらの仲立ちなしには社会生活が円滑に営めなくなるのである。

5 人間によって加工され、作り出され、所有されたさまざまなものを仲立ちにして社会生活が営まれるとき、私たち人間相互の関係は直接的なコミュニケーションではなくなって間接的なものになり、そこでどうしても『 意思の疎通を欠きやすくなる 』だろう。従来にはなかった争いごとがあれこれ起こることになるだろう。たとえば、自然のままの原野であったならばなんらの争いごとも起こりようがないところに、人々が開墾して農作物を作ったり牛馬を放牧したりして住みつくようになると、そしてまた土地の所有権を主張するようになると、そこに、所有地の境界をめぐって争いごとが起こるようになる。その所有者たちがその現地に住んでいる場合には、境界線がたえず確認できるから、まだいい。ところが、境界を接している二人の地主の一方が他の地方に移り住んでいるような場合には、意思の疎通がいっそう難しくなり、悪くなり、もめごともいっそう多くなるだろう。

〈 人間関係の間接化 〉

 ①集団が大きくなり複雑になる → 他人との関係は間接的なものになる
    +
 ②労働による自然の人間化、所有 → 物を仲立ちにする社会生活ゆえの間接化
    ↓
 人間関係の間接化 → 意志の疎通が難しくなる
  具 土地の所有権


Q5「労働」によって私たちが行っていることはどういうことか。20字以内で抜き出せ。
A5 自然物を人間化して自己の所有とすること

Q6「自然物に人間の刻印を押すこと」を端的に言い換えた漢字二字の語を抜き出せ。
A6 加工

Q7「意思の疎通を欠きやすくなる」のは、どういう状態のときか。25字で抜き出せ。
A7 さまざまなものを仲立ちにして社会生活が営まれるとき
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「動的平衡(福岡伸一)」8 ドリル

2020年11月30日 | 国語のお勉強(評論)
漢字語彙まとめドリル 「動的平衡」①

〈読み方を記せ〉
 ① 喧伝 → けんでん
 ② 措定 → そてい
 ③ 信奉 → しんぽう
 ④ 軋む → きしむ
 ⑤ 邁進 → まいしん
 ⑥ 排泄 → はいせつ
 ⑦ 瞬く → またたく
 ⑧ 癒やす→ いやす
 ⑨ 翻る → ひるがえる
 ⑩ 閉塞 → へいそく

〈意味を記せ〉
⑪ 喧伝 → 言いふらす
⑫ アナロジー → 類推
⑬ 措定 → 措いてみる
⑭ 信奉 → 信じあがめる
⑮ 先鋭 → 過激
⑯ 邁進 → 突き進む
⑰ サスティナブル → 永続的
⑱ 啓示 →  神のお達し
  ⑲ ドミナント → 支配的
⑳ 捨象 → 捨てる


漢字語彙まとめドリル 「動的平衡」②

 〈漢字に直せ〉
 ① そうぞう主 → 創造主
 ② そてい   → 措定
 ③ しんぽう  → 信奉
 ④ せんえい化 → 先鋭化
 ⑤ かいぼう  → 解剖
 ⑥ 一線をかくす→ 画す
 ⑦ ゆいぶつ論 → 唯物論
 ⑧ あざやか  → 鮮やか
 ⑨ またたく  → 瞬く
 ⑩ 食物のせっしゅ → 摂取   
⑪ 神のけいじ  → 啓示
⑫ いぞんする  → 依存
⑬ いやす    → 癒やす
⑭ 運動のきせき → 軌跡
⑮ きを一にする → 軌
⑯ しゃしょうする→ 捨象
⑰ ひるがえって → 翻って
⑱ へいそく   → 閉塞
⑲ かと期    → 過渡
⑳ 人間のえいい → 営為
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「動的平衡(福岡伸一)」7 第四段落後半

2020年11月29日 | 国語のお勉強(評論)
37 翻って今日、外的世界としての環境と、内的世界としての生命とを操作し続ける科学・技術のあり方をめぐって、私たちは重大な岐路に立たされている。
38 シェーンハイマーの動的平衡論に立ち返って、〈 これらの諸問題 〉を今一度、見直してみることは、閉塞しがちな私たちの生命観・環境観に古くて新しいヒントを与えてくれるのではないだろうか。
39 なぜなら、彼の理論を拡張すれば、環境にあるすべての分子は、私たち生命体の中を通り抜け、また環境へと戻る大循環の流れの中にあり、どの局面をとっても、〈 そこ 〉には平衡を保ったネットワークが存在していると考えられるからである。
40 〈 平衡状態にあるネットワークの一部分を切り取ってほかの部分と入れ換えたり、局所的な加速を行うこと 〉は、一見、効率を高めているかのように見えて、〈 結局は平衡系に負荷を与え、流れを乱すこと 〉に帰結する。
41 実質的に同等に見える部分部分は、それぞれが置かれている動的な平衡系の中でのみ、その意味と機能を持ち、機能単位と見える部分にもその実、境界線はない。
42 遺伝子組み換え技術は期待されたほど農産物の増収につながらず、臓器移植はいまだ決定的に有効と言えるほどの延命医療とはなっていない。ES細胞の分化機構は未知で、増殖を制御できず、奇跡的に作出されたクローン羊ドリーは早死にしてしまった。
43 〈 こうした数々の事例 〉は、バイオテクノロジーの〈 過渡期性 〉を意味しているのではなく、動的な平衡系としての生命を機械論的に操作するという営為の不可能性を証明しているように、私には思えてならない。

Q31「これらの諸問題」が生じる根本的な原因を、筆者はどう考えているか。本文の語を用いて30字以内で説明せよ。
A31 動的な平衡系としての生命を機械論的に操作しているから。

Q32「そこ」とはどこか。30字以内で抜き出せ。
A32 私たち生命体の中を通り抜け、また環境へと戻る大循環の流れ

Q33「平衡状態にあるネットワークの一部分を切り取ってほかの部分と入れ換えたり、局所的な加速を行うこと」とあるが、筆者が想定している具体的な科学技術は何か。該当するものを、あとの部分から抜き出せ。
A33 遺伝子組み換え技術  臓器移植  ES細胞 クローン羊

Q34「結局は平衡系に負荷を与え、流れを乱すこと」とあるが、なぜか。本文の語を用いて70字以内で説明せよ。
A34 生命体の各部分は、それぞれが置かれている動的な平衡系の中でのみ、その意味と機能を保ち、
   機能単位と見える部分にも実質的に境界線はないから。

Q35「こうした数々の事例」は、何を表していると筆者は述べるのか。35字以内で抜き出せ。
A35 動的な平衡系としての生命を機械論的に操作するという営為の不可能性

Q36「過渡期性」とはどういう意味か。
A36 バイオテクノロジーが進展の途上であるということ。


現在の科学・技術
 外的世界としての環境
 内的世界としての生命 操作し続ける

具 遺伝子組み換え技術 → 農産物の増収につながらない
  臓器移植 → 決定的に有効になっていない
  ES細胞の分化機構 → 未知、制御できない
    ↓
 バイオテクノロジーの過渡期性  
    ↑
    ↓ ではなく
 動的な平衡系としての生命を機械論的に操作するという営為の不可能性 をあらわす
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「動的平衡(福岡伸一)」6 第四段落前半

2020年11月28日 | 国語のお勉強(評論)
「動的平衡(福岡伸一)」6 第四段落前半


33 シェーンハイマーは、それまでのデカルト的な機械論的生命観に対して、還元論的な分子レベルの解像度を保ちながら、コペルニクス的転換をもたらした。その業績はある意味で二十世紀最大の科学的発見と呼ぶことができると私は思う。
34 しかし、〈 皮肉にも 〉、このとき同じニューヨークにいた、ロックフェラー大のエイブリーによって遺伝物質としての核酸が発見された。そして、それが複製メカニズムを内包する二重らせんをとっていることが明らかにされ、分子生物学時代の幕が切って落とされる。
35 生命と生命観に関して偉大な業績を上げたにもかかわらず、シェーンハイマーの名はしだいに〈 歴史の澱に沈んでいった 〉。
36 それと軌を一にして、再び、生命はミクロな分子パーツからなる精巧なプラモデルとして捉えられ、それを操作対象として扱い得るという考え方がドミナントになっていく。必然として、流れながらも関係性を保つ動的な平衡系としての生命観は捨象されていった。


コペルニクス的転換……(天動説に対して地動説を唱えコペルニクスをふまえ)物事の見方がまるっきり正反対になるような転換のこと

皮肉……①遠回しの非難 ②期待外れの結果
 ☆語源
  仏教用語の「皮肉骨髄」。弟子を評価する項目。
  「皮=表面だけ理解」、「肉=意味を理解」、「骨=考え方を理解」、「髄=根本から理解」。
  「皮・肉」は評価が低い→「あいつは皮肉だ」=マイナス評価。

ドミナント……支配的・主流
捨象……捨てられること 


 デカルト的生命観(機械論的生命観)
   ↑
   ↓
 シェーンハイマーの生命観(動的平衡の生命観)
  コペルニクス的転換
  二十世紀最大の科学的発展

 エイブリー……遺伝物質(核酸)の発見
   ↓
 生命……複製システム
   ↓
 生命……精巧なプラモデル
       ↓
     操作対象   動的平衡系としての生命観
      ∥         ↓
 ドミナント  ←→   捨象


Q28「皮肉にも」とあるが、なぜこう言うのか。90字以内で説明せよ。
A28 シェーンハイマーが二十世紀最大とも言える科学的発見をしたにもかかわらず、
   同時代に同じニューヨークにいたエイブリーによる別の発見の陰に隠れ、
   その名が忘れられてしまう結果となったこと。

「歴史の澱」について

Q29 何を、どう喩えた表現か。
A29 シェーンハイマーの名前と業績が忘れられたことを、水底の沈んだかすのように、表面から見えない場所に残されていると表現した。

Q30 なぜ「澱」という語を用いたのか。
A30 生命を分子の「流れ」、私たちの身体を分子の「よどみ」と表現し、それらと縁語的に「澱」を用いて、印象深くするため。
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「動的平衡(福岡伸一)」5 第三段落後半

2020年11月12日 | 国語のお勉強(評論)
27 ここで私たちは改めて「生命とは何か。」という問いに答えることができる。「生命とは動的な平衡状態にあるシステムである。」という回答である。
28 そして、ここにはもう一つの重要な啓示がある。それは可変的でサスティナブルを特徴とする生命というシステムは、その物質的構造基盤、つまり構成分子そのものに依存しているのではなく、その流れがもたらす「効果」であるということだ。〈 生命現象とは構造ではなく「効果」なのである 〉。
29 サスティナブルであることを考えるとき、これは多くのことを示唆してくれる。サスティナブルなものは常に動いている。その動きは「流れ」、もしくは環境との大循環の輪の中にある。サスティナブルは流れながらも、環境との間に一定の平衡状態を保っている。
30 一輪車に乗ってバランスを保つときのように、むしろ小刻みに動いているからこそ、平衡を維持できるのだ。サスティナブルは、動きながら常に分解と再生を繰り返し、自分を作り替えている。それゆえに環境の変化に適応でき、また自分の傷を癒すことができる。
31 このように考えると、〈 サスティナブルであること 〉とは、何かを物質的・制度的に保存したり、死守したりすることではないのがおのずと知れる。
32 サスティナブルなものは、一見、不変のように見えて、実は常に動きながら平衡を保ち、かつわずかながら変化し続けている。その軌跡と運動のあり方を、ずっと後になって「進化」と呼べることに、私たちは気づくのだ。


生命 … 動的な平衡状態にあるシステム
      ↓
    可変的でサスティナブルなシステム
      ∥
    その流れがもたらす「効果」
      ↓
    生命現象

 サスティナブルなもの
    … 常に動いている・環境との大循環の輪の中
     動きながら常に分解と再生を繰り返し自分を作り替えている
      ∥
 サスティナブルなもの……常に動きながら平衡を保ち、わずかながら変化し続けている
      ∥
    「進化」


「生命現象とは構造ではなく『効果』なのである」について

Q25「生命現象」という「効果」をもたらすものは何か。5字で答えよ。
A25 分子の流れ

Q26 どういうことか(80字以内)。

A26生命現象は、6
  特定の分子構造から生み出されるものではなく、22
  環境における永続的な分子の流れが、17
  一時的に平衡状態を保った結果としてもたらされる 23
  ものであるということ。11 

Q27「サスティナブルであること」によって、具体的にどのようなよい点があるのか。30字以内で抜き出せ。
A27 環境の変化に適応でき、また自分の傷を癒すことができる。
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「動的平衡(福岡伸一)」4 第三段落前半

2020年11月11日 | 国語のお勉強(評論)
23 生体を構成している分子は、すべて高速で分解され、食物として摂取した分子と置き換えられている。身体のあらゆる組織や細胞の中身はこうして常に作り変えられ、更新され続けているのである。
24 だから、〈 私たちの身体は分子的な実体としては、数か月前の自分とは全く別物になっている 〉。分子は環境からやってきて、一時、〈 淀みとしての私たち 〉を作り出し、次の瞬間にはまた環境へと解き放たれていく。
25 つまり、環境は常に私たちの身体の中を通り抜けている。いや「通り抜ける」という表現も正確ではない。なぜなら、そこには分子が「通り過ぎる」べき容れ物があったわけではなく、ここで容れ物と呼んでいる私たちの身体自体も「通り過ぎつつある」〈 分子が、一時的に形作っている 〉にすぎないからである。
26 つまり、〈 そこ 〉にあるのは、流れそのものでしかない。その流れの中で、私たちの身体は変わりつつ、かろうじて一定の状態を保っている。その流れ自体が「生きている」ということなのである。シェーンハイマーは、この生命の特異的なありように〈 「動的な平衡」というすてきな名前 〉をつけた。

Q20「私たちの身体は分子的な実体としては、数か月前の自分とは全く別物になっている」といえるのはなぜか。本文の言葉を用いて40字以内で答えよ。
A20 身体のあらゆる組織や細胞の中身は常に作り変えられ、更新され続けているから。

Q21「淀みとしての私たち」とはどういうことを表しているのか(60字以内)。
A21 私たちの身体は、環境における分子の流れが一時的に形を作り、
   かろうじて一定の状態を保っているものにすぎないということ。

Q22「分子が、一時的に形作っている」ものは何か。9文字で抜き出して答えよ。
A22 淀みとしての私たち

Q23「そこ」とはどこか。2字で記せ。
A23 身体

Q24「『動的な平衡』というすてきな名前をつけた」とあるが、どういうところが「すてき」なのか。
A24 一見パラドキシカルな名前だが、生命の様相を実によく言い表していること。

 生体を構成する分子
    ↓  置き換わる
 食物として摂取した分子
    ∥
 身体の組織や細胞 … 常に更新され続ける
    ↓
 分子的身体……数か月前の自分とは全く別物

  分子 …… 環境 → 淀みとしての私たち → 環境

 身体……分子が一時的に形作っているもの
    ∥
 流れそのもの
    ∥
 「生きている」
    ∥
生命の特異的なありよう→「動的な平衡」
           ……動いているけどとまっている→「すてき」
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