飲食店や娯楽施設の調査し、星を付けて評価することを生業とする人がいるという。逢ったことはないけど。
そういう方々の中にも格はあって、中でも「ミシュラン」の調査員だと格上扱いとかあるのだろうか。
でも、それで食べていけるのかな。それで生活が成り立つほどの収入を得る人がそんなにいるとは思えないが、業界の事情はこの小説でよくわかる。
牧村紗英は、会社をやめて独立し、「格付け人」として各種のリサーチを行っている。
たとえば投資家に依頼され、あるレストランを覆面調査する。雑誌やテレビで紹介するためではなく、投資の対象として可能性はあるかをシビアに判断しなければならないというような仕事だ。
メディアでも話題の有名シェフのいる高給フレンチ店、教祖的存在の店主がいる大行列のラーメン店、高級志向の宿にイメチェンして経営を立て直しつつある白浜温泉の旅館。
三つのお話は、どれもモデルがありそうで、描かれる内実も生々しく、関わる人たちの人間模様や、取り巻く業界事情がうかびあがってきて、読み始めるとやめられなかった。
良質の「お仕事小説」だ。
「私は冷徹に星をつけるだけの女」と言いながら、つい深入りしてしまい、二番手のシェフの悩みをきいたり、ラーメン店の中間管理職的な女性の体を心配したり、旅館の家族関係に口をつっこんでしまったりする。
そんな紗英をときにたき付け、ときにセーブし、あわよくば口説き落とそうとする大学の先輩にあたる真山の存在も味わい深い。
~ 欧米人には〝仕事は人生の大切な一部ではあるものの、すべてではない″という意識が根底にある。ところが日本では、長時間労働を嫌う人間は〝やる気がない″とか〝プロ意識がない″とか言われてしまう。〝仕事のためなら多少の無理や自己犠牲は当たり前″という特異な意識が根づいてしまっている。
「だから残業や休日出勤をしないで効率的に働こうとする人間は、知らず知らずのうちに社内の風当たりが強くなる。そうした日本人ならではの意識を巧みに利用するのがブラック企業と言われる会社だっていうんだな」
実際、見せられた新聞記事によれば、その手口は狡猾かつ陰湿だという。たとえば「自己成長のためにも業務外の時間を利用して勉強しろ」と社員に告げ、業務命令ではなく自発的学習だとしてサービス残業をさせる。「自発的な休日出勤には、とやかく言わんぞ」と暗に休日出勤を促し、会社は指示していないからとサービス休日出勤にしてしまう。「やり方は自由だが、きみならできる、期待してるぞ」といった言い回しで無理な仕事を無報酬でやらせる。
さらにこうした状況が進むと、いよいよ脅し文句が登場する。「これができないようだと評価にかかわるぞ」と査定をチラつかせたり、「みんなが遅くまで頑張ってるのに、どういうつもだ」とチーム意識を煽ったりして過重労働を押しつける。それでいて「残業の多いやつは生産性が低いと見なさざるを得ないな」と逆の話を持ちだし、サービス残業やサービス休日出勤に切り替えさせる。
挙げ句の果てに社員やバイトが辞めたいと申し出ても「退職は承認事項だ。後任が決まって引き継ぎが終わるまで承認できん」と退職させない。本当は、退職は社員からの届出事項だというのに。 ~
こういう現場の状況は、飲食店関係に限らない。
「会社は」と一般化しても同じことが言えるし、学校の中にだって見られる。
日本人が、世の中をどう形成しているか、その根本の部分に関わってくることだからだろう。
~ 「結局、ブラックの手法には二種類あるってことだよな。職を失いたくない弱みを利用してこき使う方法と、〝やる気″と〝自己犠牲の精神″を利用してこき使う方法。で、七海さんの場合は、後者の手法にしてやられているわけで、おれとしては前者よりも悪質だと思うんだよな。休みを返上して自腹を切ってまで会社に奉仕する自分に酔ってる姿ってのは、傍から見ると哀しいもんだよ」
真山は長い息をついて腕を組んだ。悪意の経営者ほど法に抵触しないやり口を知り尽くしてる。バイト歴が長い真山は、それがわかっているだけに居たたまれなくなるという。
紗英は杏奈から聞いた〝ブラック部活″という言葉を思い出していた。結局、会社でも学校でも、同じ日本人気質が働いている限り何も変わらないということなのだろう。 (原宏一『星をつける女』KADOKAWA) ~
現代文の時間に、丸山真男「 「である」ことと「する」こと 」を読み始めたが、その補助教材にもなりうる作品だ。もちろんエンタメ作品としての出来も比類ない。もう次の直木賞をあげてしまおう。
物語がはじまってすぐ、登場人物のキャラが立ちまくる。映画化してくれないかな。
シングルマザーの紗英さんは尾野真千子さん、ラーメン店の女性営業に木村文乃さん、紗英の仕事を手伝うようになる役者くずれの大学の先輩には、う~ん、誰かな。佐々木蔵之介さんか安田顕さんか。尾野真千子さんの娘さんは慶應中学校に入学した芦田愛菜さんで。この設定ならば、「川の底からこんにちは」の石井裕也監督にぜひおねがいしたい。