水持先生の顧問日誌

我が部の顧問、水持先生による日誌です。

「である」ことと「する」こと(1)

2017年04月15日 | 国語のお勉強(評論)

 

「である」ことと「する」こと 第一段落

「権利の上に眠る者」
① 学生時代に末弘厳太郎先生から民法の講義を聞いたとき「時効」という制度について次のように説明されたのを覚えています。金を借りて催促されないのをいいことにして、〈 猫ばば  〉を決め込む不心得者が得をして、気の弱い善人の貸し手が結局損をするという結果になるのはずいぶん不人情な話のように思われるけれども、この規定の根拠には、〈 権利の上に長く眠っている 〉者は民法の保護に値しないという趣旨も含まれている、というお話だったのです。この説明に私はなるほどと思うと同時に「権利の上に眠る者」という言葉が妙に強く印象に残りました。今考えてみると、請求する行為によって時効を中断しない限り、単に自分は債権者であるという位置に安住していると、ついには〈 債権を喪失 〉するというロジックの中には、一民法の法理にとどまらないきわめて重大な意味が潜んでいるように思われます。
② たとえば、日本国憲法の第十二条を開いてみましょう。そこには「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の〈 不断の努力 〉によってこれを保持しなければならない」と記されてあります。この規定は基本的人権が「人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果」であるという憲法第九十七条の宣言と対応しておりまして、〈 自由獲得の歴史的なプロセスを、いわば将来に向かって投射した 〉ものだと言えるのですが、そこに先ほどの「時効」について見たものと、著しく〈 共通する精神 〉を読み取ることは、それほど無理でも困難でもないでしょう。つまり、この憲法の規定を若干読み変えてみますと、「国民は今や主権者となった、しかし主権者であることに安住して、その権利の行使を怠っていると、ある朝目覚めてみると、もはや主権者でなくなっているといった事態が起こるぞ。」という警告になっているわけなのです。これは大げさな威嚇でもなければ教科書ふうの空疎な説教でもありません。それこそナポレオン三世のクーデターからヒットラーの権力掌握に至るまで、最近百年の西欧民主主義の血塗られた道程がさし示している歴史的教訓にほかならないのです。
③ アメリカのある社会学者が「自由を祝福することはやさしい。それに比べて自由を擁護することは困難である。しかし自由を擁護することに比べて、自由を市民が日々行使することはさらに困難である。」と言っておりますが、ここにも基本的に同じ発想があるのです。私たちの社会が自由だ自由だといって、〈 自由である 〉ことを祝福している間に、いつの間にかその自由の実質はからっぽになっていないとも限らない。自由は置き物のようにそこにあるのでなく、現実の行使によってだけ守られている、言い換えれば日々自由になろうとすることによって、初めて自由であり得るということなのです。その意味では近代社会の自由とか権利とかいうものは、どうやら生活の惰性を好む者、毎日の生活さえなんとか安全に過ごせたら、物事の判断などは人に預けてもいいと思っている人、あるいはアームチェアから立ち上がるよりもそれに深々と寄りかかっていたい気性の持ち主などにとっては、〈 甚だもって荷厄介な代物だと言えましょう 〉。


言葉の意味

「猫ばば」
(猫がうんこをした後を砂で隠すことから)
  悪事を隠し素知らぬ顔をすること
  拾ったものを素知らぬ顔で自分の物にする

「債権」
 債務 債券 国債 社債 負債 
 貸してあるものを返すように請求できる権利

「荷厄介」
 荷としての取り扱いがやっかい→負担が大きく持て余すこと
 「荷が重い」「荷が勝つ」

「代物」
 読み方「しろもの」 … 人物や品物をマイナスの評価をこめて言うことば


①民法―「時効」という制度
    権利の上に長く眠っている者  ←→  請求する行為
       ↓
    民法の保護に値しない
     ∥
  債権者であるという位置に安住
       ↓
  債権を喪失する

②日本国憲法の第十二条
  主権者であることに安住  ←→  行使
   ↓
   主権者でなくなっている

③アメリカの社会学者
  自由を祝福  ←→  行使
   ↓
   自由の実質はからっぽになる

 自由 … 現実の行使によってだけ守られるもの


Q1「権利の上に眠る」を具体的に言い換えた部分を20字以内で抜き出せ。
A1 債権者であるという位置に安住している

Q2「債券を喪失」とあるが、そうならないためにはどうすることが必要か。本文の語を用いて20字以内で説明せよ。
A2 請求する行為によって時効を中断すること。

Q3「不断の努力」とあるが、具体的にはどういう「努力」のことか。20字以内で記せ。
A3 自由や権利を日々行使するという努力

Q4「自由獲得のプロセスを、将来に向かって投射した」とあるが、どういうことか。60字以内で説明せよ。
A4 自由を獲得するために人々が過去行ってきた努力を、
   将来も続けていかなければならない課題として
   指し示したということ。

Q5「共通する精神」とあるが、「共通する」のは、a何と、b何の、cどのような精神か。
A5a 民法の時効の制度
  b 日本国憲法第12条の規定
  c 権利はその行使を怠ると失われてしまうという精神。

Q6「自由である」ためには、どうすることが必要なのか。13字で抜き出せ。
A6 日々自由になろうとすること

Q7「甚だもって荷厄介な代物」とあるが、なぜそう言えるのか。90字以内で説明せよ。
A7 近代において人々が多くの犠牲をはらって獲得した自由や権利は、
   日々行使する努力を人々に強いる本質をもつため、
   たんにその恩恵を享受したいだけの者にとっては、
   扱いに困る面倒なものだから。

コメント
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