Bronze statue of Eros sleeping, 3rd–2nd century BCE, Collection of the Metropolitan Museum of Art, New York
昨年物故した小浜逸郎さんは、もしかしたら日本最後の思想家ではないかと思います。
知識人や広い意味のジャーナリスティックな言論人なら今もいるし、これからも登場するでしょうが、思想家は。この言葉を見ただけで、何やら時代遅れのような、場違いのような気が少しするでしょう。思想を、今簡単に、〈言葉で、人間と人間世界の在り方を根源的に捉え、そこから可能な「あるべき姿」を探求しようとする試み〉だとすると、そもそも、言葉に対する信頼感がもうそんなにないんだよ、という気分に突き当たります。これには、いささか心が寒くならざるを得ません。
それでは何ができるか? もちろん大したことはできせんが、とりあえずの試みの場として、我々には、小浜さんが著作以外に遺してくれた「日曜会」という勉強会があります(左側コラムの「ブックマーク」の一番上にHPのリンクがあります)。元は小浜さんが始めたのですが、30年ほど続くうちには、それなりにいろいろあって、今はかつて事務連絡を担当していた私が主催ということになっています。いままでにももちろん小浜著をテキストに採り上げたことはあったのですが、改めて、若い世代を中心に、小浜思想の検証を行えばどうだろう、と思いつき、その若い世代の賛同を得ることが出来ました。
その最初として、昨年の11月12日、高校時代から小浜逸郎の著作に親しみ、最近全著作読破をなしとげたという若き哲学徒・Fさんに、小浜逸郎の全体像を概観する発表をしてもらいました。小浜は著作だけでも、新書本を含めて50冊以上あり、短い時間で語るのは至難の業なのですが、よくまとまった、しかも真摯な情熱が伝わってくる発表で、感心しました。
発表のタイトルは「小浜逸郎 《生活者の思想》」(このときのレジュメ、というよりそれ自体立派な論攷は、なぜかここには直リンを貼れないのですが、左の「思想塾・日曜会」から「しょ~と・ぴ~すの会」GO⇒「現在までの記録」GOの順にクリックしてもらえると、全文アップしているページにたどりつきます)。これは、西洋哲学・思想を初めとする様々な理論を学び、現代社会に対する精緻な分析も示しながら、それを必ず、この世で実際に生きている人間=我々の場において検証することを忘れなかった、そこに小浜さんの最大の特質がある、ということです。そう言うと、けっこうありふれている評のようですが、もっとずっと掘り下げて考える値打ちがあります。
今簡単に入口だけを言いますと、小浜の出発点であった初期三部作(『学校の現象学のために』『方法としての子ども』『可能性としての家族』)で展開した方法論があります。学校・子ども・家族は、誰にとっても身近な領域なので、改めて思想の対象にされることはそんなに多くはない。なっても、それはいわゆる上から目線の、学校は/家族はこうあるべき、といった「べき論」の立場からのものがむしろ普通です。
別の言い方をすると理念先行型で、現にそこで生きている人々の実態・実感は二の次にされる。そのため、現実には不幸をもたらすことのほうが多いようにように思います。
教育論という名の学校に関する言説には、特にこの傾向が強いです(『学校の現象学のために』は当ブログではここでとりあげました)。そこで小浜はまず、それらを「おこさま教」「おめでた教」「おなみだ教」等々とサンプリングして、その非現実的な、今で言うお花畑的な思考、というより、「~教」のネーミングからうかがえるように、例えば「子どものすばらしさ」は絶対の真理とする一種の宗教と言うべきもの、をぶった斬っていく(この論者の中には現役の教師もいる。現に生徒に接しているときと、論を述べる時には自然に別人格になるらしい)。
実のところ、「子どもは素晴らしい」「教育は偉大だ」と浮かれているだけならいい。困るのは、では、「すばらしいとは言えない現実はどうして生じたのか」に転じると、ただちに、「それは教育を与える主体たる教師が悪いからだ」になる。最初からこれが言いたかったとしか思えない言説者(評論家や行政者)も多く、教師は、一切の反論は許されず、まともに聴いたりしたら、無力感に苛まれるしかないような代物です。
しかし見かけだけだと、理念先行型は、都合の悪い現実を些事あるいは夾雑物として最初から捨てているので、一見いかにも颯爽としていて、明快で、「覚悟がある」言いようになる。これは、特筆大書したいのですが、全くの錯覚です。
一方、現実の諸条件を踏まえている言論は「理念はかくかく、しかし現実はしかじか」という具合に揺れるので、どうしても「ああでもないこうでもない」(『男はどこにいるのか』初版の「あとがき」にある小浜の自認)の煮え切らない印象がつきまといがちになります。
さらには、「それでいい/仕方ない」という意味での現状肯定の動機を秘めているようにも見えてしまいます。それもあって、小浜はやがて、保守的言論人の一人にカウントされるようになりました。
本年1月に、Fさんの跡を継ぐ形で、私が、男性論、というか男女関係論を定点として、そこから見えてくる小浜思想の特質を考えましたが、このことに改めて気づく機会になりました。
一つにはこれは、家族や学校より以上に身近過ぎて、本格的な思考の対象にしようなどとは滅多に思わないトピックだからです。誰もが性別のカテゴリーを無視して社会で生きることはできません。具体的な異性を意識することとは別に、男はどうたら女はこうたらいう話を、一度も言ったことも聞いたこともない大人は、たぶんいないでしょう。多くは、飲み会などの場で。たいへん一般的であると同時に、徹底して個人的(プライベート)な問題。非常にデリケートで感情が絡んでくるのは避けられない問題なので。
逆に、何を言おうと、「そんなの、人それぞれじゃないか」という感想をもたれがちですし、「いろいろコムズカシイ理屈を並べているが、結論は当り前のことじゃないか」というのもあります。むしろこういうほうが多いかも知れませんね。小浜の著作は、そこでまた、読む人を選んでしまうのです。
それでもこの主題は、小浜の文業の中では家族論→倫理論と(狭い意味の)エロス論、現代社会状況論にまたがっていて、その重要な一部を成しています。今回と次回の二回に分けて、発表のレジュメに基づき、ここで採り上げられている論点のいくつかを整理して、自分の感想を加えて、私の小浜逸郎論の最初にしたいと思います。
テキストとしては、六冊目の単著、『男はどこにいるのか』(草思社平成2年→ちくま文芸文庫平成7年→ポット出版平成19年)を主に使用します。時に小浜逸郎は43歳。後にこのテーマは、『中年男性論』(筑摩書房平成6年)『中年男に恋はできるか』(佐藤幹夫との対話形式、洋泉新書y平成12年)『男という不安』(PHP新書平成22年)などで展開されるのですが、若い時代の文章は、やや硬いのですが、その分勢いがありますし、また目配りの広さも一番です。引用文末の頁数は断りがなければポット出版版『男はどこにいるのか』のものです。
Ⅰ.小浜の大テーマ・権力とエロス。人間関係の二原則。
晩年の主著『倫理の起源』(ポット出版平成31年)にまで至る小浜の倫理観、小浜倫理学と言ってよいものは、その基本は人間同士の関係性を二大別するところから始まる。「人間はおおむね社会生活とエロス的生活という二つの生活軸を抱えて生きている」(P.251)
この二つの中でも小浜にとって重要だったのはエロス(的生活)であったことにまちがいはない。エロスなる言葉については、いろいろなことが言われているのだが、小浜独自の定義と言えそうなものを同書の中から探すと、「自分が誰々に「とっての」存在であると同時に、その誰々も自分に「とっての」存在であるような生き方」(P.142)がそうだろう。つまり、その人間の存在自体が問題になる、真にかけがえのない者としてある関係性がそうなのだ。
それならば、全人的な関係とか、人格的な結びつきとか、他にも言い方はあると思うのだが、なぜ誤解を招きやすい「エロス」に最後までこだわって使い続けたのか、今回『男はどこにいるのか』を久しぶりにじっくり読み返してみて、わかるような気がした。男女の性愛関係こそその典型だと考えていたのだ。これについては後述する。
一方社会的な関係の場においては、権力が必要になってくる。権力とは「ばらばらな人間意思を、その個々のものの思惑や属性のいかんにかかわらず一つにしてしまう意思の実現」。従って、「この定義に関するかぎり、権力的であることは、非エロス的である。なぜならば、エロス的関係が本来的な意味で成り立つ場合には、まさに相手の個別性や思惑そのものを媒介として融合することがめざされている」(以上P.126。下線部は原文では傍点部)のだから。
しかし、「「人間は社会的動物である」という偏った自己確認が、男のアイデンティティを圧倒的に支配してきたために、その領域における人間関係の基本的なポリシー(引用者註、権力関係、だろう)に基づいてエロス的な領域に向き合う傾きが、歴史的に習慣化してしまった」(P.127)。これは誤りであり、エロス的関係の場であるべき、普通は家庭を中心として、その安寧を守ることを外部の共同体、その最大のものは国家、の至上命題とするように編み変えるべきである。そこに、小浜倫理学の眼目があった。「生活を共有する身近な者たちがよりよい関係を築きながら強く生きるという理念を核心に置き、その理念が実現する限りにおいてのみ、国家への奉仕も承認する」(ブログ『小浜逸郎 ことばの闘い』中「倫理の起源61」2015年1月21日よりコピペ)
以上の二区分は、純粋な理念、概念規定であって、軍隊の指揮官が大勢に号令するような場合は別として、個人に命令する場でも、いっしょに生活する場合でも、必ず幾分かはこの二つの感覚は認められる。企業のような利益共同体であっても、ある者の仕事の上での有能さとは別に、その者の人間性に関する上司や同僚からの好悪は必ず問題になるし、たとえ夫婦二人きりの最小の共同体であっても、社会は社会なのであり、時を過ごすうちに、二人の成員のうちのどちらかが、権力、と言って言葉が強すぎるなら、主導権を握るか、は自然に決まってくる。
人間はさほど純粋な存在にはなり得ない、ということで、それぐらいは小浜にも当然分かっていた。
それとは別に、上記について私の疑問があります。大別して二つ。両方とも小浜さんに直接訊く機会があり、うるさがられました。
(1)エロスそのものの中に、権力欲、に似た欲求が認められるのではないか。言い換えると、エロスと呼ばれ得る一個の人格そのものへの親密な感情の中には、その人のためを思う、というのとは逆向きな、完全に支配して、ついには破滅にまで至らせる淫猥な権力衝動が働いている場合があるのではないか。
このことについての思い出は、このブログでトルストイの家出騒動(をめぐる正宗白鳥と小林秀雄の論争)について触れたとき、小浜さんが妙にのってきて、エロス(このときは、現在普通に使われているエロスの意味に近かった)について、いろいろ語ったことです。それはフェイスブックのメッセージでもらったのですが、どういうわけか今は消えています(たぶん、向こうが消したんでしょう)。それで私が調子に乗って、便乗する形で、ザッヘル・マゾッホと谷崎潤一郎を題材にしたエロスー権力論を↓に書いたら、それっきり何もお応えはなくなりました。
権力はどんな味がするか その7(槌か鉄床か)
もっとも、この点では小浜さんのほうがまともなのかも知れません。いずれにしろ、このテーマは、彼とは無縁なので、別途に考察していかねばならないでしょう。
(2)家族(的なものを含む)こそ最重要、そのためにこそ国家などのより大きな共同性は機能すべきだという考えは、革命的であり、あまりに理想的過ぎる。小浜はかなりの部分、その困難には敢えて目をつぶっているふしがある。第一、前記「生活を共有する身近な者たちが……限りにおいてのみ、国家への奉仕も承認する」の部分は、これだけなら戦後日本の進歩主義者が言ってきたこととほんとんど変わらない。
これは小浜倫理学の枢要に関わるので、今後できるだけこだわっていきたいと思います。今回は、参考までに、以前のブログ上のやりとりを以下に紹介するだけに止めます。
まず『倫理の起源』の元、いわば初出である小浜ブログ『ことばの闘い』の連載記事の一つ。この時採り上げられた百田尚樹「永遠の0」を題材に、日曜会で討論したばかりだったので、それに基づき、私が長文のコメントを寄せました。
「倫理の起源60」2015年1月15日
↑の私へのコメント返しの最後に、「そのうえでまたお話ししましょう」とおっしゃってくれたのを真に受けて、自分のブログで、小浜さんと、当時は日曜会の常連メンバーの一人だったW.H.という人を相手に(するつもりで)書いた拙ブログの記事。
「国家意識について、小浜逸郎さんとの対話(その1)」
私の不躾さに戸惑いながらも応えていただいた小浜さんの文章を読み、掲載させていただいたうえで、さらにもう一度書いた記事。
「国家意識について、小浜逸郎さんとの対話(その2)」