矢嶋武弘・Takehiroの部屋

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明治17年・秩父革命(18・最終回)

2024年11月26日 03時17分18秒 | 戯曲・『明治17年・秩父革命』

第5場[12月中旬、東京・下谷にある松本カヨの借家。 カヨと日下藤吉が話し合っている。]

カヨ 「ハルさんが上京することになって、良かったですね」

藤吉 「ええ、このあと妹と相談して、母も呼ぶつもりです」

カヨ 「お母さまやハルさんと話し合えば、藤吉さんも今後の身の振り方が決められると思いますよ」

藤吉 「そうですね。でも、僕は追われる身だから、良い考えが浮かぶかどうか・・・」

カヨ 「いえ、お二人の考えを聞けば、藤吉さんは無理のない道を選ばれると思うのです」

藤吉 「無理のない道とは?」

カヨ 「ええ、差し出がましいことを言うようですが、より安全な“潜伏”の方法を選ぶということです」

藤吉 「潜伏か・・・僕はもうずっと潜伏してきた。いい加減、それに疲れているのです。これ以上、潜伏しても何か良いことでもあるのだろうか」

カヨ 「では、どうするというのです? まさか、また何か事件を起こすのではないでしょうね」

藤吉 「そういうつもりはないが、しかし・・・僕と一緒に戦った人達が捕まり、誰か処刑される人が出てくるようなら、黙ってはいられないのだ。その場合は、何かしないと・・・」

カヨ 「一体、何をしようというのですか? 無謀な考えは止めて下さい」

藤吉 「あなたの意見は正しいのだろうが、理想を掲げて一緒に戦ってきた同志達が無残に処刑されるようなら、何もしないというのは“卑怯”そのものではないか」

カヨ 「あなたの正義感は分かりますが、政府に復讐することだけが正しいと言えるでしょうか。人それぞれ、生きる道がいろいろあっておかしいとは思いません。 藤吉さんは以前、代言人になりたいと言っていたではありませんか。あなただったら、必ず立派な代言人になれます。代言人となって、被害を受けている人や弱い立場の人達を助けることも、社会正義に沿った立派な仕事ではないですか。 あるいは、いずれ憲法が発布されて政治活動が自由に出来るようになれば、その時こそ、民衆の側に立って議会政治に邁進することも出来るのです。 女の私達にはそれは許されないでしょうが、藤吉さんにはそれが可能なのですよ」

藤吉 「君は将来について良いことばかり言うようだが、政府がいま作ろうとしている憲法がそんなに良いものだろうか。 伊藤博文達が考えている憲法が、本当に“人民主権”の素晴らしいものになるだろうか。そうなるとはとても思えない。 あの連中は『華族令』を作ったばかりじゃないか。貴族という特権階級を周りに置いて、天皇を中心とした絶対君主制を強化しようとしているだけだ。そんな連中の作る憲法なんて、自由民権の立場から言えば人民を抑圧する道具でしかないだろう」

カヨ 「あなたの言うことは、難しくてよく分かりません。ただ、御一新によって時代は徐々に良くなっていると私は思うのです。 女だって、教育を受ける機会を与えられたではありませんか。私だって、周りに古くて無理解な人達がいても、女医になるための勉強が出来るようになったのです。時代は少しずつ良くなっています。そうは思いませんか?」

藤吉 「僕にはそうは思えない。確かに、文明開化で良くなった面はあるが、富国強兵の名のもとに徴兵制が施行され、若い労働力は無理矢理 国家に吸い上げられ、農村を始めとして民衆の生活は重税に喘ぐようになった。 国が強くなることは必要かもしれないが・・・」(その時、カヨの借家に突然、山中ハツが入ってくる)

ハツ 「こんにちは、カヨさん・・・あら、お客さまですか?」

カヨ 「まあ、ハツさん」

ハツ 「下宿先が決まったので、お知らせに来たのですが・・・まあ、この方は以前お見受けしたことのある日下さんでは?」

藤吉 「ええ、日下藤吉です。どなたですか?」

ハツ 「・・・」

カヨ 「何としたことでしょう・・・藤吉さん、はっきり申し上げますが、この方は山中ハツさんと言って、上吉田村の貸金業・山中常太郎さんの娘さんです」

藤吉 「えっ」

カヨ 「あなたが襲った山中さんの娘さんです」

藤吉 「・・・」

ハツ 「こんな所でお会いするとは、思ってもみませんでした。カヨさん、わたし帰りましょうか」

カヨ 「・・・」

藤吉 「いえ、ここに居て下さい。ちょうど良かった、僕からも申し上げたいことがある」

ハツ 「申し上げたいこととは?」

藤吉 「どんな理由があろうとも、あなたのお父さんに大怪我を負わせたことを謝ります」

ハツ 「・・・」

カヨ 「ハツさん、とにかくお上がりになって」(ハツが怖ず怖ずと座敷に上がり、カヨの側に座る)

藤吉 「大変、申し訳ないことをしました。(藤吉、ハツに対して深々と頭を下げる) いま、僕は決心がついたようです」

カヨ 「決心って?」

藤吉 「ハツさんと言いましたね、あなたと共に警察に行きましょう。僕は出頭します」

ハツ 「・・・」

カヨ 「藤吉さん、待って。あなたが出頭するなんて」

藤吉 「カヨさん、先ほども言ったように、僕は潜伏することに疲れたのです。この先、どうすれば良いのか分からず、ただ悩み苦しんでいるだけです。それもあって、母や妹を東京に呼び、話し合って身の処し方を決めたいと考えていたのです。 そこに偶然とはいえ、ハツさんと会えたことで悩みや迷いが消えて無くなる感じがしたのです。出頭すれば、全てがすっきりとします。 秩父で共に戦った田代さん、加藤さん、井出さんら多くの人が捕まり獄に繋がれているのだから、僕も獄に繋がれて当然でしょう。その方が潔いのです。後は天命を待つだけです」

カヨ 「そんな・・・あなたはまだ若いのです。それに、逃げている人も大勢いるのですよ」

藤吉 「そう、逃げている人も大勢いる。しかし、僕は自分の“運命”を自分で決められないでいる。それが悩ましいのだ」

カヨ 「だからと言って、あなたが敵としている薩長の“国家権力”に、自らの運命を委ねるというのですか。それで良いというのですか?」

藤吉 「僕は国家権力に屈するのではない。僕はいま、ハツさんを目の前にしてそう感じただけだ。だから警察に出頭する。 ただその前に、母や妹が上京しそうなので、一目だけでも会わせてもらいたい。そうすれば、全てがすっきりするのだ」

カヨ 「・・・」

ハツ 「いえ、日下さん、あなたは出頭しないで下さい」

藤吉 「えっ、僕を逃がすと言うのですか?」

ハツ 「そうです、どうぞ逃げて下さい」

藤吉 「僕の罪を許すと言うのですか。どんな理由があろうとも、僕はあなたのお父さんを斬ったのですよ。僕は犯罪者なのだ」

ハツ 「それは分かっています。でも、あなたのお父さまはうちの父からお金を借りたために、法外な利息の取立てにあって自害されたと聞いています。悪いのはうちの父です。 父が貪欲な“高利貸し”でなければ、このような悲劇は起こらなかったはずです。謝らなければならないのは、むしろ私の方でしょう。 でも、日下さん、許して下さい。父は高利貸しを止めることになりました。止めて質屋に店替えをすると言っています。ですから・・・」(ハツ、涙にくれて絶句しカヨにもたれ掛かる)

カヨ 「ハツさん・・・もういいわ。(ハツを抱きとめながら) 藤吉さん、ハツさんはあなたを許すと言っているのです。ですから、出頭などはしないで下さい。お願いします。 この後のことは、お母さまや妹さんとじっくりと相談してもらえればいいではないですか。そうして下さい」

藤吉 「ええ、しかし・・・」

カヨ 「藤吉さん、きょうはもうお帰りになって下さい。 ハツさんの気持は分かって頂いたと思いますので、妹さん達とよく相談されてから、また来てもらえませんか」

藤吉 「・・・そうしましょう、それでは又」(藤吉が立ち去る)

カヨ 「ハツさん、あなた立派だわ。あの人もきっと感じるところがあってよ」

ハツ 「本心を言ったまでです。あの方が立ち直ってもらえれば、カヨさん、あなたも安心されるでしょう」

カヨ 「ええ、ありがとう」

 

第6場[12月中旬の某日夜、東京・上野にある木賃宿。 日下藤吉のいる部屋に、妹のハルが訪ねてくる。]

ハル 「兄さん、無事で本当に良かったわ」

藤吉 「ハル、お前は少し“やつれた”ようだが、母さんは達者で暮しているの?」

ハル 「ええ、でも、最近はちょっと老け込んだみたい」

藤吉 「うむ、それは仕方がない。父さんも亡くなり、いろいろ苦労したからな。 寒くなってきたぞ、火鉢の所に寄れよ。(ハルが火鉢の側に寄り、藤吉と向い合わせに座る) 暫く会わない間に、ハルも大人びた感じになったな。いろいろ大変だったろう」

ハル 「兄さんこそ危険な目に遭って何か人が変ったみたい。隠者みたいな感じがするわ」

藤吉 「仕方がないさ、逃げ回って隠れているんだもの。ところで、お前は東京で暮す気持になったのか」

ハル 「ええ、秩父にいても犯罪者の妹のように“白い眼”で見られているようで、居心地が悪いの。だから、思い切って東京で暮す方がいいと思うわ」

藤吉 「そうか、お前にも迷惑をかけたな。母さんはどうなのだろう」

ハル 「私達が東京に来てほしいと言えば、来ると思うわ。独りではきっと寂しいでしょう」

藤吉 「うむ、そうだな、近いうちに母さんも呼ぼう。 それで、秩父の方はその後どうなんだ?」

ハル 「事件に関係した人達が、相変らず次々に逮捕されているわ。でも、つい最近、良い話しを聞いたの」

藤吉 「何だ、良い話しとは」

ハル 「これは、事件に関係した確かな“筋”から聞いたのよ、警察はまだ何もつかんでいないわ。井上会計長がある人に匿(かくま)われているんですって」

藤吉 「えっ、井上さんが?」

ハル 「そうよ、これは確かだわ」

藤吉 「そうか、それは素晴らしい。井出さんの他に坂本さんらも捕まって、ガックリしているところだったのだ。 井上さんにぜひ一度会ってみたい。あの人なら、そのうち巧く逃げ延びるだろう」

ハル 「ええ、だから兄さんも上手に逃げる手立てを考えて」

藤吉 「うむ、そうしようと思う。 ハル、実は先日、思わぬ人に会ってしまったのだ」

ハル 「思わぬ人って?」

藤吉 「カヨさんの所で、山中常太郎の娘にバッタリ会ってしまったのだ」

ハル 「えっ、兄さんが襲ったあの高利貸しの娘に?」

藤吉 「そうなんだ。僕は自分のことでずっと迷っていたから、観念して警察に出頭すると言ったら、ハツさんというその娘は何と言ったと思う? 出頭しないで逃げてくれと言うのだ。そして、僕が謝罪したのに対して、謝らなければならないのは自分の方だ、あなたのお父さんを自害に追い込んだのは、うちの父だと言って逆に許してほしいと言うのだ。 僕はその言葉に呆然としてしまって、返す言葉も無かった。僕はそのままハツさんと別れたが、人の心というものは何と不思議なものかと思ってしまった。 彼女は僕に怨みを抱いて、警察に届け出て当然なのだから」

ハル 「そう、そんなことがあったの・・・それで、カヨさんはどう思っているの?」

藤吉 「カヨさんは、やはり逃げてほしいと言うのだ」

ハル 「兄さんは幸せね。どんなに辛い目に遭っていても、そうして支えてくれる人がいるのだもの。それに比べると、私は寂しい。誰も支えてくれないわ。ね、そうでしょう?」

藤吉 「・・・」

ハル 「それに、兄さんが東京から逃げていったらどうなるの? 私は独りぽっち。母さんがいても、母さんを支えるのは私よ。私を支えてくれる人はいないわ」

藤吉 「お前には悪いが、僕のいない間は、母さんを大事に見てあげてほしい。どこへ逃げようとも、いずれ僕はお前や母さんのいる所に戻ってくるのだから」

ハル 「ええ、それは分かっています。でも“いずれ”って何時なの? いずれと言ったって、何時になるか分からないじゃないですか」

藤吉 「何時になるかは分からない。しかし、必ず戻ってくる」

ハル 「母さんや私は不幸ね。秩父には居づらくなるし、東京に出てきても兄さんとじきに別れなくてはならなくなる。先のことは全く見当もつかないし・・・」(ハルが涙声になって、うなだれる)

藤吉 「ハル、本当に悪いと思っている。しかし、仕方がないのだ」

ハル 「兄さん、わたし寂しいの、寂しくてどうしようもないの」

藤吉 「・・・」

ハル 「お願い、わたしを抱いて!」(ハルが藤吉の胸の中に倒れ込む)

藤吉 「何だ、どうしたのだ・・・」

ハル 「兄さん、わたしを抱いて」

藤吉 「こら・・・でも、お前がかわいそうだ」(二人は抱き合ったまま横になる)

 

第7場[12月下旬の某日深夜。 秩父・下吉田村の関耕地にある斎藤新左衛門方。その土蔵の二階に隠れ住んでいる井上伝蔵の所に、日下藤吉が訪ねてくる。]

藤吉 「お久しぶりです、井上さん。お元気ですか」

井上 「おお、日下君、無事でいたか・・・」

藤吉 「ええ、何とか逃げ延びています。今は東京に潜んでいますが、井上さんもご無事で何よりです」

井上 「うむ、それにしても良く来てくれた。警察の目を“ごまかす”のも大変だったろう」

藤吉 「いえ、深夜ですからね、大したことはありませんよ。それより、井上さんが自宅からこんなに近い所に隠れ住んでいるとは思いませんでした」

井上 「いや、ここの主(あるじ)の斎藤さんは昔からの友人でね、私が秩父自由党にいた頃にも大いに助けてくれた人なのだ。こうして土蔵に匿ってくれて、何かとお世話になっている。世の中の動きも逐一教えてくれるのだ」

藤吉 「良かったですね、これでは警察も“まさか”と思って気が付きませんよ。灯台下(もと)暗しとはこのことだ、ハッハッハッハッハ」

井上 「ハッハッハッハ、そのとおり、私の運もまだ繋がっているようだ。ところで、君はこれからどうしようと考えているのかな」

藤吉 「あれこれ考えていますが、これと言った名案はありません。とりあえず母と妹を東京に呼びましたが、後は迷っている最中です」

井上 「それは仕方がないだろう、当分はじっと潜伏していることだ。焦ってはいけない、そのうちきっと何か良い機会が訪れるものだ。 君は若いから血気にはやるかもしれないが、残念ながら、秩父革命は終ってしまったのだ。“暴発”だけはしないように心掛けてほしい」

藤吉 「はい、そのように気を付けます。井上さんに言われたのですから、守らなければなりませんね。それにしても残念です、田代さんや加藤さんら大勢の人が逮捕されるとは」

井上 「うむ。しかし、私らの他に菊池さん、落合さんら多くの同志は捕まっていない。皆、それぞれの道を歩んでいくだろう」

藤吉 「井上さんは、これからどうなさるつもりですか?」

井上 「当分は匿ってもらうつもりだが、いつまでもという訳にはいかないだろう。万一にも斎藤さんにご迷惑がかかってはいけないし、いずれどこかへ逃げ落ちようと思っている。それも出来るだけ遠くの方へね」

藤吉 「そうですか、僕も出来れば遠くへ行きたいものです」

井上 「うむ、お互いに家族を抱えているが、仕方がないだろう。そういうことを考えていると、どうしても気が滅入ってくる。 久しぶりに日下君に会えたのだ。今日ぐらいはどうかね、パッとやろうじゃないか。斎藤さんから旨い“地酒”をもらっているのだ」

藤吉 「いいですね。僕はまだあまり飲めない方ですが、井上さんに会えたのだから、こんなに嬉しいことはありません。秩父の旨い酒をいただきます」

井上 「よし、憂さを晴らそう、今夜は飲み明かそう。君はここに泊っていけばいいのだ」(井上が立ち上がり、土蔵の奥から地酒の瓶と茶わんを持ってくる)

井上 「さあ、飲み明かすぞ、いつも一人で侘びしかったのだ。今夜は君がいてくれて本当に嬉しい。積もる話しをしよう」(井上、酒を茶わんに注いで藤吉に渡す)

藤吉 「いただきます」(二人が“茶わん酒”を酌み交わす)

《完》 2006年5月某日


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