<以下の文を復刻します。>
竹下登元首相
ある人のブログにお邪魔したら、「怒らない人になる禅の習慣」についての記事があった。しばらく読むうちに、決して怒らない温厚な人になるのは自分ではとても無理だと思ったが、ふと、昔の政治家で決して怒らなかった人を思い出した。それは、元総理大臣の竹下登氏(以下、敬称略)である。
そのころ自民党担当の記者をしていた私は、たしか竹下本人から「自分は決して怒らない」と聞いたことがあるが、どうして彼は怒らないのだろうかと、いつしか疑問に思うようになった。そのうち、竹下自身の人生経験や履歴が分かるようになり、そのナゾが解けたのである。実はある政界関係者から、竹下登の過去について聞いたのがその“糸口”であった。今では、ウィキペディアにも載っていることだから、まずそれから見てみよう。
<1945年(昭和20年)5月、妻・政江が自殺。妻の自殺理由に関する噂は生涯、竹下を苦しめた。自殺する少し前、舅・○○による執拗な“干渉”に思い悩んでいた政江は、竹下に相談するため、わざわざ島根から上京していたが、竹下は「お前のほうに問題がある」と逆に叱責したという[6]。>
これがウィキペディアの記事であるが、舅名はどうしても出しにくいのであえて伏せた。参考に後で載せておくので読んでもらいたい。要するに、舅の執拗な“干渉”が原因で新妻・政江さんは自殺したとあるが、干渉とはもちろん「性的強要」のことだろう。
当時の日本は敗戦間近の“非常時”であった。非常時であれば人心もおかしくなる。竹下の実父はこの年の3月に妻の唯子さん(竹下の実母)を亡くしたばかりであり、精神的にも参っていたのだろう。親族ではない私が詳しく分かるわけではないが、この時、竹下は「お前のほうに問題がある」と逆に妻を叱ったという。しかし、妻・政江さんは自殺した。
この時の竹下の精神的なショックはいかばかりであったろうか。私はそのショックを推し量るしかないが、非常に辛いものだったと想像する。父親の不義に怒るよりも、銃後の守りにつく新妻を叱りつけたことが、大きな悲劇を招いたのだ。
戦時中の悲劇とはいえ、これは大変なショックだったに違いない。以後、竹下登は決して怒らない男になった。彼は人を叱ること云々の前に、人生の無常や“はかなさ”を感じ取ったのではなかろうか。筆者はそう想像するが、人を叱ったり人に怒りをぶつけることが、なんと空しいことか、なんと馬鹿らしいことかと達観したに違いない。筆者はそう想像するが、読者はどう思われるだろうか。
いずれにしろ、竹下登は決して怒らない政治家になった。こういう政治家も珍しいが、竹下の“原点”は終戦間近のこの出来事にあったと思う。彼はこの悲劇についてもちろん口が重かったし、多くを語ろうとはしなかった。
ここで竹下登の政治的話しはしたくない。政治家・竹下登ではなく人間・竹下登の話しだ。消費税を初めて導入したのは竹下だから、そういう意味では彼が嫌いだ!(笑)。 しかし、人間・竹下を見れば格別の味わいがする。彼はリクルート事件に関係し、最後は国民から総スカンを食って首相を退陣した。哀れな末路である。しかし、政治家・竹下登について語る時間はないので、本日はこれまでにしたい。
最後に言いたい。決して怒らないこともいいが、正義感や義憤にかられて怒ることも正しいと言いたい。凡人の常だろうが・・・
竹下登(ウィキペディア)・・・http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AB%B9%E4%B8%8B%E7%99%BB#CITEREF.E5.B2.A9.E7.80.AC.E9.81.94.E5.93.892002
彼は、それなりに知識、教養のある人間でしたが、自分勝手で傲慢であり、自分以外は全部バカだと軽蔑していました。
こんな人間は、大きな村である国会で多数派になれるわけはなく、中川一郎から青嵐会を受け継ぎましたが、結局誰もいなくなりました。
その意味では大統領である都知事は彼に向いていたわけですが、最後首相になりたくて、都知事を辞めたのは、業とでも言うべきでしょうか。
偉大な村での国会では、竹下登のような男が多数派になるのだと思います。それも今はかなり変わって来たと思いますが。
石原慎太郎は昔、若くして参議院議員に当選した時、総理大臣にも簡単になれると思ったのでしょう。それは青嵐会にいた渡辺美智雄も言っていました。
しかし、日本の国会は「大きな村社会」ですね。彼は村社会に向いていません。村社会で多数派になるには、地道な努力と忍耐が必要です。その点が、竹下との大きな違いです。
だから「首相公選制」がもし行われていたら、石原は首相になったかもしれませんね(笑)。
小渕恵三との差です。
良し悪しは別にして、国民の直接選挙で選ばれる「公選首相」だったら、彼は十分に当選するでしょう。
中曽根や小泉、石原は大統領型の「公選首相」に向いています。
でも、2人とも総理大臣になったのだから、良しとしましょう!