矢嶋武弘・Takehiroの部屋

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あす(12月1日)、拙文を載せることにする

血にまみれたハンガリー(12)

2024年11月29日 13時51分45秒 | 戯曲・『血にまみれたハンガリー』

第七場(ブダペストの社会主義労働者党本部。 カダル、アプロ、ミュニッヒ、マロシャン)

アプロ 「民衆の暴動はようやく鎮圧されたようだ。 まだ、所によっては、散発的な抵抗が続いているが、大したものではない。 国防軍も大人しくなってきたし、なにしろ、強大なソ連軍が要所要所を押さえてしまったから、反政府分子はもう身動きが取れない状態だ」

ミュニッヒ 「思っていたより、容易に暴動を鎮めることが出来たようだ。これも、われわれが疾風迅雷のごとく新政府を創り、ブダペストにやって来れたからだ。 あとは、反政府分子の残党狩りを早くやるだけだ」

マロシャン 「しかし、困ったことは、まだ労働者評議会の権限が強くて、労働者の大部分がそこに結集していることだ。 評議会の意向を無視して、われわれが新しい政治を行なうことは出来ない。 いや、むしろ彼等の団結と抵抗の前に、新政府の行動は大きな制約を受けていると言ってよい」

アプロ 「確かに現状はそうだろう。 しかし、労働者評議会を牛耳っている、ナジ派の幹部どもを逮捕してしまえば良いのだ。 それは私がやる」

ミュニッヒ 「それはいい。早速、アプロ同志にそれをやってもらおう。 第一書記、いや総理、あなたもアプロ内務大臣のご意見に賛成でしょうね」

カダル 「賛成です。 われわれは新政府を樹立した。しかし、その基盤は極めて脆弱であり、国民の多くは、まだナジ旧政権を支持している傾向が強い。 特に、労働者は評議会に結集し、われわれと対立していると言ってよい。

 私は新政府を樹立した以上、もうためらったり、迷ったりすることなく、断固とした処置を取りたいと思う。 それが、ハンガリーの秩序を回復し、生産活動を再開する決め手になるはずだ。 内務大臣、あなたの判断で、評議会の反政府的な幹部を逮捕するなり、処罰するなり、すぐに適切な措置を取ってもらいたい」

アプロ 「分かりました、早速やりましょう。 すでに、私の手元には、評議会のナジ派の幹部のリストが届いている。明日にも、その内の何十人かを逮捕しましょう。 矢は放たれたのだ、やることはビシビシとやろう」 (そこに、ホルバート外務大臣が入ってくる)

カダル 「おお、外務大臣、ちょうど良い所だった。 西側陣営の動きがどうなっているのか、聞かせてほしい」

ホルバート 「心配されていたことは、起きていません。 イギリスもフランスも西ドイツも、あれほど反共宣伝を流し、中には、義勇軍をハンガリーに派遣するとまで言っていましたが、そのような動きは全く起きていません。 特に、イギリスとフランスは、“スエズ侵攻”がエジプト軍の頑強な抵抗で上手くいっていないため、国内で大問題となっており、両国政府はその対応に四苦八苦しています。 

 また、国連でも、英仏両国は、アジア・アフリカ諸国から袋だたきに遭っており、頼みの綱のアメリカからも冷たくされて、孤立しています。 西側陣営は、とてもわが国に手を出す余裕などはない状況です」

カダル 「うむ、それは有難い。 アメリカも大丈夫だろうね」

ホルバート 「アメリカは始めから、ハンガリーへの“不介入”を、ダレス国務長官が言明していましたし、アイゼンハウアーも大統領選挙を目前にして、考えていることは選挙のことばかりのようです。 とても今、冒険的な干渉をハンガリーに行える状況ではないと判断します」

カダル 「うむ、それは良かった、これで安心したぞ。 われわれは、西側陣営の動きをいささかも心配することなく、国内政治を進めていくことが出来る。正に天佑(てんゆう)だ。 これで、国内の反政府分子も“西側頼りにならず”ということで、大きな打撃を受けるに違いない」

アプロ 「われわれの勝利は不動のものになってきた。 ソ連も、ほとんどの東欧諸国も、わが新政府を支持している。自信を持って、やるべきことをやっていこう」

マロシャン 「残った問題は、ナジ前総理をどうするかということだ。 ナジがユーゴスラビア大使館にいる限り、彼の命は安全だし、国民もナジの釈放と自由に、重大な関心を示している。 労働者評議会は、ナジを首相に復帰させろとさえ言っている。 一体、ナジをどうしたらいいのだろうか」

ミュニッヒ 「ナジを逮捕すればいいのだ。ナジが健在である限り、国民はナジ政権の“幻”を追い求めるだろう。 ソ連の力を借りてでもナジを逮捕し、今のうちに、この危険な芽を摘み取ってしまうべきだ」

アプロ 「私もそう思う。 ソ連にユーゴスラビアを説得させて、ナジの身柄をこちらに引き渡すように、働きかけたらどうか」

ホルバート 「それは良い考えです。 ソ連もナジを憎んでいる、われわれにきっと協力してくれるでしょう」

カダル 「しかし、ナジを逮捕すれば、国民を痛く刺激することになる。彼をハンガリーの救世主だと思っている国民は、未だに多いのだ。 それに、私としては、ナジ政権が倒れたことで十分だと思っている。

 彼を逮捕しなくても、政治生命が絶たれたしまえば、それで良いのではないだろうか。 むしろ、われわれとしては、ナジを保護するくらいの度量を見せた方が、国民の共感を得ることができると思うのだが・・・」

マロシャン 「しかし、ソ連はそんな“手ぬるい”ことでは承知しないでしょう。今度のハンガリーの動乱は、あげてナジの冒険的な政治、民衆の言いなりになる統率力の欠如がもたらしたものだ。 

 また、ワルシャワ条約廃棄や中立宣言が、ソ連や社会主義陣営の怒りを買ったのだ。ナジを保護するなんて、ソ連が黙って見ているわけはないでしょう。 われわれの手で“片付けて”しまうのが一番です」

ミュニッヒ 「私もそう思う。 わが政府がナジに対して、断固たる処置を取れば、ソ連のわれわれに対する信頼感も深まるでしょう」

アプロ 「同感だ」

カダル 「そうか・・・それではナジの処遇については、もう少しソ連の腹を探ることにしよう」

 

第八場(モスクワのクレムリン。フルシチョフ第一書記の執務室。 フルシチョフ、ミコヤン、スースロフ)

ミコヤン 「上手くいきましたね」

フルシチョフ 「うむ、西側陣営は手も足も出なかったな。 スエズの動乱に対しても、核兵器の使用も辞せずと、こちらが断固たる姿勢を示したことが、イギリスやフランスを牽制することが出来た。 

 それに、エジプト軍はよく頑張った。ナセルは大したものだ。 今や、あの男はAA諸国の“英雄”だよ。 スエズで英仏の奴らが失敗し、ハンガリーでこちらが成功するとは、願ってもない結果になったな。ワッハッハッハッハッ」

スースロフ 「それにしても危なかった。 われわれの対応が敏速でなかったら、ハンガリーは泥沼に陥っていたかもしれない。 そうなれば、中国は“それ見たことか”とわが国を非難してきただろうし、政治局内では、モロトフやカガノヴィッチが、われわれに攻撃を仕掛けてきただろう。 さしずめ、ミコヤン同志と私の政治局員解任を、突き付けてきたに違いない」

フルシチョフ 「全くその通りになっただろう。 マレンコフやブルガーニンもそれに唱和して、最後は、私の第一書記解任を迫ってきたに違いない」

ミコヤン 「何はともあれ、ほっと一息つけましたな」

フルシチョフ 「いや、今度はこちらが反撃する番だ。 モロトフ達は、何としてもわれわれ三人を失脚させようと、党内で暗躍していた。 もし、ポーランドに続いてハンガリーでも失敗したら、その時は、一気にわれわれを追い落とすつもりだったのだ。

 あのスターリニストの“亡霊”どもは、これで一時、攻撃の手を緩めざるを得なくなったが、再びチャンスがめぐって来るのを待っているのだ。 その間に、われわれの方が、党内の多数派をがっちりと固めて、奴らの息の根を止めてやらなければならない。 もう、こちらも大人しくしてはいられない。必ず奴らを粛清する。 それは、早ければ早いほどいい」

ミコヤン 「しかし、モロトフ達の勢力は、依然として根強いものがありますぞ。 早まって攻撃を仕掛けて、かえって返り討ちにでもあったら大変だ。ここは一つ、じっくりと腰を据えて取りかかるべきでしょう」

スースロフ 「私もそう思う。 ハンガリーの危機をようやく乗り越えた所だ。第一書記の権威と指導力は確立されたのだから、あわてる必要はないでしょう。 党内の大勢は、おのずから第一書記支持に固まってくるはずです。 それを見越した上で、モロトフ達の粛清を断行すれば良いと思いますが」

フルシチョフ 「うむ、それもそうだな」

ミコヤン 「ところで、ナジの扱いをどうしますか」

フルシチョフ 「あの男は絶対に許せない! ソ連への反逆者であり、謀反人であり、極めて危険な人物だ。あの男こそ、何としても息に根を止めてやらなければならん」

スースロフ 「ある意味では、可哀想な男だ」

ミコヤン 「私もそう思うが・・・始めはあの男を援護してやって、ハンガリーを治めさせてやろうとしたのに」

フルシチョフ 「しかし、あの男を許すようなら、示しがつかんだろう。 モロトフ達も、他の同盟諸国の指導者達も、ナジがハンガリー動乱の元凶だと思っている。 あの男を逮捕して処刑する以外に道はない」

スースロフ 「ユーゴスラビアに話してみましょうか」

フルシチョフ 「いや、チトーに対しては強く出られない。 それより、カダルを使って、あいつを誘い出し逮捕する方がいいだろう」

ミコヤン 「うむ、そうですな。 助けてやると偽って、あの男をおびき出して逮捕する。そして、どこか他の国に移して密かに“始末”するのがいいでしょう」

スースロフ 「それなら、ルーマニアがいい。 あそこはソ連に対して忠実だからな」

フルシチョフ 「よし、そうと決まったら、早速カダルに対して、ユーゴスラビア大使館からナジを誘い出すように指示してほしい」

ミコヤン 「分かりました、すぐに手を打ちましょう」

フルシチョフ 「ソ連への反逆者は、何人(なにびと)といえども許すことができない。 社会主義陣営の大義を踏みにじり、団結を乱し、西側陣営に通じようとする奴は、絶対に生かしてはおかんのだ!」

 

第九場(ブダペストのユーゴスラビア大使館前。 ナジ、マーリアの他に大使館員)

大使館員 「間もなく、迎えの車が来ることになっています。 それでは、私は失礼致します」(大使館員、退場)

マーリア 「あら、あの人は見送りもせずに行ってしまったわ。どういうことかしら」

ナジ 「うむ・・・気にすることもないだろう」

マーリア 「寒さが身にしみるような季節になりましたね。 今頃ですと、バラトン湖の辺りも木々がすっかり紅葉して、見応えのある美しい景色になっているでしょう」

ナジ 「うむ、お前と一緒にもう一度、バラトン湖へ行ってみたいな。 今度は政治のことからすっかり離れて、ゆったりとした気持で景色を楽しんでみたい。特に夕焼けのバラトン湖は素晴らしい。 湖畔にたたずんで、さざ波の微かな音を聞きながら、陽の沈むさまを眺めていたら、どんなにか心が安らぐだろう。 美しいハンガリーの自然に接することが、今の私には唯一の慰めとなるだろう」

マーリア 「そうですわね。 政治のことも動乱のことも全て忘れて、ハンガリーの自然の懐の中に憩うことができれば、私達の心の深い傷も、きっと癒されるでしょう」

ナジ 「私はハンガリー国民を、ハンガリーの国土や自然と同じように、こよなく愛してきたつもりだ。 私のやり方は少し間違っていたかもしれないが、もしソ連が、あのように横暴な軍事介入をしてこなければ、ハンガリーを立派な国として再興することができたと思っている。

 しかし、今さら愚痴を言っても仕方がない。 カダルやアプロが、私のやろうとしていたことを見事に引き継いで、このハンガリーを豊かで明るい国にしていってくれればいい。 今はそれを希望するだけだ」

マーリア 「でも、民衆の間には依然として、あなたの復帰を願っている人が多いようですね」

ナジ 「私はもう政治の世界には戻れない。 ソ連が私を決して許さないだろうし、カダルもそれを承知の上で、自らの手で政治に取り組む覚悟をしているだろう。私は静かに、民衆の前から姿を消していけばいいのだ」

マーリア 「ええ、そうですわね。私も一時の“呪い”から解放されました。 ハンガリーがソ連の勢力下に置かれようとも、あなたが目指した自由と民主化の理想が、これからの政治の中で着実に芽を出し育っていくのを、期待を持って見つめていくつもりです」

ナジ 「その通りだ。 私もハンガリーの一市民として、この国の自然や風土を愛しながら、その政治がどうなっていくのかを温かく見守っていきたい。今の私には、それだけが望みなのだ」

マーリア 「それにしても遅いですね。 私達を迎えにくる車が、まだ来ないなんて」

ナジ 「何かの手違いだろう。 カダルは、私達を自宅に戻すと約束したのだから、それを信じて待つしかない」

マーリア 「もしも・・・いえ、そんなことはあり得ない。 大使館の人も言っていました、私達はカダル政府によって保護されると」

ナジ 「お前は、カダルがそこまで卑怯な男だと思っているのか。あの男は私の政府を裏切ったが、個人的には信義に厚い男だ。 彼やアプロに支えられていたからこそ、私も政治の改革を断行することができたのだ。彼はソ連軍に拉致され、強要されて遂に別の政府を創ってしまったが、それは本心ではなく、内心は慙愧の念に堪えなかっただろう。

 私は彼を憎んだ。確かに憎んだが、もし私が彼の立場になっていたら、同じことをしていたかもしれない。 ソ連軍にハンガリーが占領された以上、果たして彼に、今以外の道を取ることができただろうか。 だから、確かに私は一時、カダルを憎んだが、今では彼を許す気持にもなっているのだ」

マーリア 「あなたは寛大な方・・・でも、今ではそう思う方が、私達は救われることになりますわね」

ナジ 「民衆は単純に、カダルやアプロ達を裏切り者と憎み、呪っているだろう。 しかし、ハンガリーのような小国の政治家は、いつも今度のような危険と不幸の可能性を、背負わされているのだ。 私であろうとカダルであろうと、それから逃れることはできない」

マーリア 「小国の政治家とは、なんと苦労と危険の多い運命を、友としなければならないのでしょう。 あら、あなた、向うから車が来ました。一台・・・いえ、二台来ています」

ナジ 「二台? 前の車は、確かに私達を迎えに来たものだろうが・・・」(暫くの間)

マーリア 「あなた! 後ろの車から、ほら、ソ連軍の兵士が!」

ナジ 「なんだと!」(銃を持ったソ連軍兵士数人が登場、素早くナジとマーリアを取り囲む)

兵士一 「ナジ夫妻ですか」

ナジ 「そうだ」

兵士一 「それなら、すぐに後ろの車にお乗り下さい」

ナジ 「君達はソ連軍兵士ではないか」

兵士一 「そうです」

ナジ 「私は自宅に戻ることになっているのだ、君達に用はない」

兵士二 「つべこべ言うな! カダル首相の指示で、われわれがお前達を逮捕しに来たのだ」

ナジ 「カダル首相の指示だって? そんな馬鹿な」

マーリア 「何を出鱈目を言うのです!」

兵士二 「出鱈目なもんか! さあ、早く車に乗れ!」

マーリア 「いやです、失礼な!」

兵士二 「乗れと言ったら乗れ!」(兵士二と兵士三、銃でナジ夫妻を小突き乗車を促す)

ナジ 「私達をどこに連れて行こうというのだ」

兵士三 「そんなことは分かるもんか! この反逆者め!」

兵士一 「さあ、早くお乗り下さい」

マーリア 「あなた!」

ナジ 「そうだったのか・・・マーリア、行こう。私達はもう逃れられないのだ」

マーリア 「卑劣な・・・」(ナジ夫妻、ソ連軍兵士に連行されて退場)


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