<2010年10月16日に書いた以下の記事を復刻します。>
ノーベル賞は世界で最も有名な賞だが、その平和賞は極めて“政治的”な意味合いが濃いものになっている。同時に、文学賞もまた政治的な理由で決められることがよくある。その象徴的な出来事が第1回のノーベル文学賞の時に起きた。それが、『戦争と平和』などで有名な世界的な文豪レフ・トルストイの落選であった。
ノーベル賞が創設された1901年当時、世界最大の文豪と言えば誰もがロシアのトルストイを挙げただろう。彼の文学作品の影響力はロシア、ヨーロッパだけでなく、遠く日本にまで及んでいた。だから、ほとんどの人がノーベル文学賞は文句なくトルストイが受賞するものと思っていたようだ。ところが、トルストイは落選し、フランスの某詩人が受賞したので皆が驚く結果になったのだ。
この件で、私は子供の頃に面白い話を聞いていた。それは、スウェーデン・アカデミーがトルストイに授賞しなかったのは、「彼があまりにも偉大であったため、畏れ多くて授賞しなかった」というものだ。たしか児童向けの世界文学全集だかにそう書いてあったので、単純にそれを信じていた。
ところが、事実は全く違っていて、トルストイ自身も受賞するものとばかり思っていたようだ。彼はそうなると信じていたのか、スウェーデン・アカデミーに宛てて、受賞賞金は某キリスト教団体のカナダへの移住費用に充てて欲しいという手紙まで出していたのだ。
自他共にトルストイの受賞が確実だと思われていたのに、なぜ彼は受賞できなかったのか。それこそ政治的な理由があったからだ。
スウェーデン・アカデミーの見解によれば、トルストイの絶対平和主義、暴力否定論には“アナーキズム的”な傾向が強く、ノーベル賞の趣旨に合わないというものだったらしい。 事実、トルストイは「徴兵制」を絶対に認めないロシアのドゥホボル教徒を支援していて、そのカナダ移住に手を貸そうとしていた。
ところが、当時のヨーロッパ諸国は「徴兵制」を国家の発展には不可欠のものと捉えていたため、トルストイらの思想とは真っ向から対立したようだ。このため、誰もが確実視していたトルストイのノーベル文学賞受賞は実現しなかったというのが真相のようである。正に政治的な理由でそうなったということだ。
ノーベル賞を受賞できなかったトルストイはその後、名作『復活』を著し、その印税でドゥホボル教徒のカナダ移住費用を賄うことになる。
ノーベル文学賞でさえこうだから、平和賞になるともっと複雑で政治的なものになってくる。昨年、オバマ米大統領が「核廃絶」に強い決意を表明したというので平和賞を受賞したが、つい先月(9月15日)、アメリカは核実験を実施した。一体、どうなってるんだと言いたくなる。
そうかと思うと、今年の平和賞は中国の人権活動家・劉暁波氏に与えられるというので、中国が難色を示し国際問題にまで発展しそうだ。ノーベル賞は結構だが、そこに政治的な思惑、理由などが入ってくるとどうしても生臭くなってくる。
それほど影響力のある国際的な賞だが、私に言わせれば、欧米中心の価値観、世界観から授賞しているものだとしか思えない。 (2010年10月16日)
ノーベル文学賞・http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8E%E3%83%BC%E3%83%99%E3%83%AB%E6%96%87%E5%AD%A6%E8%B3%9E
ところで、私はしろうとながら、自分が力を入れて書いた記事は、後で取り出して、ためつすがめつ眺めます。その集合体である自分のブログには、非常な愛着があります。矢島先輩も、同じようなお気持ちでしょうか。
復刻記事はおもしろいです。今後とも続けてください。
さて、今度のBNWには、どの記事を掲載しましょうか?
自薦していただくと、嬉しいです。
復刻記事でも良ければ、今後もそうしていきます。むろん、今から見ておかしい記事は削除したりしています。
自薦で良ければ「野田は現代のユダ」でしょうか。
でも、何を載せてもらっても結構です。どうぞ宜しく。