<以下の文を復刻します。>
大杉栄
昔、『黒い絨毯』というアメリカ映画(1954年)を見たことがある。チャールトン・ヘストンとエレノア・パーカーが主演だったが、アリ(蟻)の大群に人間などが襲われるという迫力のある映画だったので、今でも内容はだいたい覚えている。
調べてみたら、南米アマゾン川の上流地域で「マラブンタ」というアリが大量に移動するストーリーで(1901年)、マラブンタは数百年ごとに集団移動するそうだ。このため、アリが通過する地域の動植物はことごとく食いつくされ、逃げ遅れた人間も食われて骨だけになるという凄まじい内容だった。
映画では、主人公が経営する農園がマラブンタに襲われ、火を放ったりして防戦するのだが相手が大群なのでどうしようもない。最後に主人公が決死の覚悟で大群の中を突破、水門を開けて“洪水”を起こしアリを流し去るというものだった。黒い絨毯とはマラブンタの大群のことを言うが、とにかく迫力のある映画だった。
冒頭にこんな話をしたのは、あのちっぽけなアリが大群になるともちろん怖いが、実はアリというのは極めて利口で、集団生活が得意なのだという。イギリスの有名な自然科学者・ダーウィンも「蟻の脳髄は、人類の脳髄にも優る、もっとも精巧な細胞より成る」と述べているほどだ。
ダーウィンなどの研究で知られる大杉栄も、アリの生態について「各々の蟻が互いに食物を分け合わなければならぬということが、その社会のもっとも重要な義務となっている。それも倉に貯えてある食物や道で拾って餌を分け合うばかりではない。誰でもその仲間のものから食物を乞われた場合には、自分が飲み込んですでに半ば消化されている食物をすら、いつでも吐き出して分けて遣らなければならぬことになっている」と語っている。(末尾に、大杉栄の論文をリンクしておく)
つまり、アナーキストであった大杉は、そこから生物界の「相互扶助」という原理を導き出し、その考えを唱道していくのだが、アリという小動物がいかに集団的社会生活に長けているかの証であろう。
アリと言うと、イソップ物語などでは働き者の善玉になっている。「アリとキリギリス」では、よく働くアリを馬鹿にしたキリギリスが後で食べ物に困ってしまう話や、「アリとハト」では、助けてくれた恩返しにハトを狙う猟師に噛みつくなど、なかなか良い役割を演じている。
ダーウィンや大杉栄に煽られてアリの良い点ばかり述べてしまったが、アリに噛みつかれるとけっこう痛いし、人間の食料をよく食うこともある。害虫の側面もかなりあるのだ。しかし、生態学的に言うと、非常に優れた知恵と能力を持っており、人類がいずれ滅びても、アリは生き残る可能性が大ではないかと考える。そうは言っても、アリに生まれ変わりたいとは思わないが・・・(2010年10月15日)
大杉栄の論文・http://www.ne.jp/asahi/anarchy/anarchy/data/osugi09.html
大杉栄の墓(静岡市・沓谷霊園。筆者が撮影)