奈良市の「やすらぎの道」沿いに建つ伝香寺は、宝亀2年(771)に鑑真和上の弟子、思託(したく)律師によって創建された小寺であった。その後、荒廃したが、戦国武将の筒井順慶の母・芳秀宗英尼が順慶の菩提を弔うために再興し、寺名を「伝香寺」と改め筒井家の菩提寺となった。
再興時に建立された本堂(重要文化財)は寄棟造・方三間の建物で、1304年の作とされ県の重要文化財に指定されている聖徳太子の童子像「南無仏太子像」(像高70.5cm)のほか、鎌倉時代の作といわれる地蔵菩薩立像(重文/像高(97.3cm)が安置されている。裸形像に実際の着物を着用させた裸形着装像で、通称「はだか地蔵尊」とも呼ばれている。秘仏として普段は公開されていないが、7月23日の『地蔵会』(「着せ替え法要」)と3月12日に限って特別公開される。
また、境内にある「散り椿」は、東大寺開山堂の「糊こぼし」、白毫寺の「五色椿」と並び「奈良三名椿」の一つとして有名で、3月中旬が見頃で、中興の祖・筒井順慶の母・芳秀宗英尼が植えたものが初めとされるが、すでに枯死し、現在は3代目・4代目という。椿は花ごとポロリと落ちるのが普通だが、当寺の椿は花びらが一枚ずつ散るのが特徴で、「武士椿(もののふつばき)」とも呼ばれている。
所在地: 奈良市小川町24。
交通:近鉄奈良駅から徒歩一〇分。
再興時に建立された本堂(重要文化財)は寄棟造・方三間の建物で、1304年の作とされ県の重要文化財に指定されている聖徳太子の童子像「南無仏太子像」(像高70.5cm)のほか、鎌倉時代の作といわれる地蔵菩薩立像(重文/像高(97.3cm)が安置されている。裸形像に実際の着物を着用させた裸形着装像で、通称「はだか地蔵尊」とも呼ばれている。秘仏として普段は公開されていないが、7月23日の『地蔵会』(「着せ替え法要」)と3月12日に限って特別公開される。
また、境内にある「散り椿」は、東大寺開山堂の「糊こぼし」、白毫寺の「五色椿」と並び「奈良三名椿」の一つとして有名で、3月中旬が見頃で、中興の祖・筒井順慶の母・芳秀宗英尼が植えたものが初めとされるが、すでに枯死し、現在は3代目・4代目という。椿は花ごとポロリと落ちるのが普通だが、当寺の椿は花びらが一枚ずつ散るのが特徴で、「武士椿(もののふつばき)」とも呼ばれている。
所在地: 奈良市小川町24。
交通:近鉄奈良駅から徒歩一〇分。