■ロボサムライ駆ける■ (93年同人誌発表原稿)
作 飛鳥京香(C)飛鳥京香・山田企画事務所
http://www.yamada-kikaku.com/
■第二章 新東京
(1)
東京湾は、この日「日本晴れ」と呼ばれる晴天であ
った。湾のまわりには、かつて存在した東京工業地帯
は跡形もない。かわりに緑豊かな植物群で覆われてい
る。
湾の中央に島がある。第二首都都心として形成され
た、この東京島は現在徳川公国の領土となっている。
公国の中心には東京城が建築されていた。
西を遠望するに富士がきれいに見える。霊戦争後、
急激に復興した自然界は、日本を中世世界とわせるほ
どその景観を変えていた。また、人々のライフスタイ
ルも変化していて、それは、政治体制を変化させ、霊
戦争後の世界は民族主義の動きに覆われていた。
古代の民族古来の習俗に戻ろうという心の動きが顕
著になっていた。現在の世界は機械文明と自然が調和
した民族主義世界となっている。東京島を巡る運河エ
リアは、真昼の太陽を照り返している。運河面に魚が
動き、跳ね上がる。東京湾も浄化され、魚の遊弋する
場所となったのである。
その東京湾に、水面に釣り糸を垂れた川船が、一隻
のんびりとたゆとうていた。
「世が世なら、大名にもなれたものを」
川船の中で男が一人寝そべっている。
太陽に向かって主水(もんど)は唸っていた。早乙
女主水(さおとめもんど)。今日は着流しをきてくつ
ろいでいる。刀の大小は床の間にかけてある。無論、
日本の武士のように髪はゆうている。京人形のような
顔をしていた。といいたいが、すこしばかり、体重オ
ーバーの顔だった。はれぼったい顔だった。アンパン
マンみたいな顔だった。
つまり、その顔だけ目立っていてごつかった。
が、一重の目には、意志の強いきりりとした眼差し
がある。ロボットでも何か救いがあるものである。
「だめですよ、あなたはね、人間じゃないのですから
」
そばに同じように寝そべるマリアが言う。寝ている
といってもHしていたわけではない。
「どこまでいってもね、ただのロボザムライなのですよ」
先程の「大名に」に対する答えだった。
きれいな音声でシニカルに男の夢を履き捨てる女だ
った。これは人間もロボットも変わらないようだ。
彼女の名は、マリア=リキュール=リヒテンシュタイン。
緑の眼をしてハシバミ色の髪を、今日は、日本髪に
ゆうていた。そして留め袖の和服を流麗に着こなして
いた。が時には、ヨーロッパの貴夫人の姿形を取ると
きもある。こちらは典型的なアンチックドールの顔だ
。なにしろヨーロッパの貴族ロボットなのだから。
ときおり、言われるのだが、マリアは美意識がおか
しいのではないか、ゲテモノ趣味ではないか。目がお
かしいのではないか、という評判である。
というのは、天下ひろしといえども、これほど似合
わないカップルもめずらしいのである。
この間など、新東京の盛り場を、二人が歩いている
とこう言われたのである。
「へええ、かわいそうにね、あの奥さん」
「そうよね、きっと何かあるのだわ」
ともかく、主水が、ゲルマン留学のおり、連れて帰
って来た女性ロボである。
主水には、額に切り傷がある。これは、ゲルマンの
ハイデルベルグで、マリアを巡っての決闘のおり、切
り込まれたものだ。相手はザムザ=ビスマルク。名前
からもわかるとおり、あのビスマルクの子孫につなが
るロボットである。
ともかくも二人は神聖ゲルマン帝国で出会い、いま
ここにいるのである。
ゆったりとした風が川船を通り過ぎて行く。二人は
思い出に耽っているのである。
思い出にふける二人のもとへ騒音が駆け込んできた。
川舟に埠頭から、クレーンが懸かる。
「だんな、だんな」
クレーンの上をかける音が、本人よりさきにきた。
おまけに履いていた鉄ゲタが先に飛んで来た。主水の
頭にコチンと命中する。
「こらっ、鉄」
鉄ゲタを避けられなかった主水は自分にも怒ってい
る。
「あらっ、これりゃあ、すみません。だんな、そんな
にのんびり釣りをしている時じゃありませんぜ」
いなせな江戸時代の町人姿のその男は、人工汗を吹
き出していた。特殊手ぬぐいで汗を拭く。そして、絞
り上げた。船の床は水浸しだ。
「鉄、まあ、落ち着け。魚が逃げる」
「これが落ち着いていられますかってんだー。ラブ・
ミー・テンダー」
と大慌てである。
「何事なのだ、鉄」
たたずまいを整えて、もんどは尋ねた。
「それがね、だんな、えっー…と…。あれ、いけねえ
、慌て過ぎて忘れちまった。ちょっと、まっておくん
なせえよ」
この男、びゅんびゅんの鉄。性格を一言でいうと、
慌て者である。主水のために働いている。いわゆる情
報収集者だ。考え込む鉄の眼に先刻から垂れている主
水の釣り糸が眼に入る。
「それより、だんな、引いてますぜ」
「何だと、それを早くいわんか」
ところがこの魚がくせ者である。
主水の竿をぐっとひっぱる。かなりの力だ。普通の
魚ではない。大物である。慌てて主水、
「おい、マリア、鉄、わしの体をもってくれ。水にひっ
ぱりこまれそうだ」
「魚を放しなさいませ。そのほうが簡単じゃございま
せん」
「そうでさあ、だんな、そのほうが早いや」
「な、何を言う。この竿は徳川公からいただいた由緒ある竿…
」
と言ってる間に竿から勢いがすっと抜ける。
今度は魚の方が飛び上がってくる。口を切っ先のようにと
がらせて、主水の体を狙ってきた。といってもキスを
求めているのではない。かみ砕こうというのだ。
「あぶない。ノーキッス」
体を伏せる主水。その上を魚が飛び去る。
「えーっ、ありゃ、あの魚はきすじゃありませんぜ。でも旦那
もすきがないなあ」
その状態でも、ダシャレを忘れない鉄である。
魚はまるでロケットだ。船を飛び出して再び水の中へ。
「あの魚、ひょっとして」
主水が疑いの眼差しでいう。
「何だってんですかい」
キョトンとして鉄。
「サイボーグ魚」マリアがつぶやいた。
サイボーグ魚は、霊戦争後、出現した新しいタイプ
のロボット魚類だ。非常に頭がよく、攻撃性も抜群で
ある。各国とも攻撃兵器として開発しているのだ。
「そうだ、すると…、いかん。危ない」
主水は両肩で二人を床へねじ伏せた。水が白いしぶ
きを上げる。一瞬の後、船の両舷から一斉に魚の大群
が飛び上がり、船を襲った。
スタスタスタと音を立てて、魚が何匹か体に突き刺さる。
残りは交差し、海中へ。二三匹、鉄の目の前に刺さる。
「うわっ」
鉄は叫ぶ。
「大丈夫か、鉄」
「ちょっとかすったくらいでさあ。おめいら、交通信号
をまもらんかい」
急に強気になった鉄が言う。
「マリア、ムラマサを取ってくれ」
主水の愛剣ムラマサがすらりと引きぬかれる。太陽
をうけて、りゅうと光る。
「よし、次の攻撃だな」
ムラマサを抜き放ち、構える。
再び、魚が、今度は、船の前後から襲い掛かってき
た。
瞬間、主水の刀が走った。人間の眼にもとまらない
。サイボーグ魚のなますが船のうえに山積みとなる。
主水の動きと魚の流れが交差し、すさまじい光と音と
があたりを覆った。
「さすがは、だんなだぜ」
サイボーグ魚のなますをつつきながら鉄は言う。
「鉄、これをあてにして、一献、ロボット酒でも」
「主水、おいしそうなお話しですけれど、前をご覧に
なった方が」
続いて、巨大な水泡が目の前に近づいてきている。
「ひょっとして…」
主水の人工皮膚の顔色が変わっていた。
「何か、心当たりでもあるんですか」
「このような水泡に帰す企てをくわだてる者、これは
……」
目玉が飛び出しそうである。
その時、海面から二十メートルはある、その巨大な
魚が浮かび上がる。それを見てのけ反る主水。
「うおっ」
「旦那、あっしはぎょっとしたねえ」
小ぶりなシャレで応酬する二人。
そいつは魚に見えたが、背鰭のところが開く。中か
ら、坊主頭で紺の作務着を着た三十がらみの男が出て
来て、腕組みをする。
「さすがは主水、サイ魚を切り刻んだか」
男は無念そうに船上の主水を睨む。
サイボーグ魚。略してサイ魚である。
「サイ魚法師、久しぶりだなあ。お前が絡んでいるの
か」
主水がキッと男を睨んでいた。
「ふふん、主水、ほんの挨拶がわりだ」
サイ魚法師は、頭をずるっと撫でて、主水を見返し
た。
「挨拶ありがたくちょうだいいたす。が、法師、それ
だけであらわれてきたのではあるまい」
主水、ムラマサは構えたままだ。
「そうだ。これからの道行で、いずれ雌雄を決しなけ
ればならんからな。また、そこなお内儀にも挨拶がて
らだ。外国ロボットとはいえ、なかなか見目麗しい女
性ではないか」
サイ魚法師は、こころなしか、うらやましそうな顔
をした。
「あら、どうもありがとうございます、サイ魚法師さ
んとやら」
マリアがやんわり受け流した。
「このやろう、おべんちゃらをいいやがって。俺もい
いいたいじゃないか」
鉄は着物の袖をまくりあげていた。どうやら興奮し
ている。
「あら、鉄さん、その言葉はどういう意味ですか」
「いや、姉さん、そう悪くとっちゃいけあせんぜ。た
んなるお世辞だい」
鉄はマリアに睨まれ、真っ赤な顔をした。
「お世辞はよしてくれ、法師」
「あら、あなたなにをおっしゃるの。せっかく、サイ
魚法師さんが、あたくしを誉めてくれたんじゃありま
せんか」
「だまっておれ、これは男どうしの話しあいだ」
ムッとする主水。
■ロボサムライ駆ける■ (93年同人誌発表原稿)
作 飛鳥京香(C)飛鳥京香・山田企画事務所
http://www.yamada-kikaku.com/