源義経黄金伝説■第18回
作 飛鳥京香(C)飛鳥京香・山田企画事務所
「西行殿、これから行かれようとしている平泉ですが……」
西行は、平泉のことを意を決してしゃべる。
「よく聞いてくだされました。藤原秀衡殿は、平泉に将兵を集めて住まわせることなどはしておりません。よろしゅうございますか。藤原氏の居館は、お城ではございません。平泉の町には、軍事施設はないのでございます」
「では兵はどうするのですか」
「いざ戦いがあれば、平泉に駆けつけると聞き及びます。秀衡殿、源頼朝様に刃向かうつもりなどないのでございます」
頼朝は、この西行と藤原氏の関係をむろん疑っている。
広元も先刻、西行と会う前に、耳元で同じ旨を告げていた。この西行の平泉への勧進は、果たして何を企んでいるのか。
平泉は城ではないというのか。まるで平泉全体が大きな寺だと、頼朝は、頭をひねりながら、西行の話を聞く。
「初代藤原清衡殿は中尊寺、二代基衡殿は毛越寺、三代秀衡殿は無量光院をお造りになったと聞いております」
「それでは、歴代の藤原氏の建築は、すべて寺院だということですな」
「さようでございます。平泉は仏都でなのです。中尊寺建立の供養には、こう書かれているのです。これは初代清衡公のお言葉。長い東北の戦乱で、多くの犠牲者がた。とくに俘囚の中で死んだものが多い。失われた多くの命の霊を弔って、浄土へ導きたい。また、この伽藍は、この辺境の蕃地にあって、この地と住民を仏教文化によって浄化することである。こう書かれています」
頼朝は、冷気を浴びせるようなな視線を、西行に浴びせている。
「西行殿は平泉という仏都がお気に入っておられるのですか」
頼朝のその質問に、西行の頭の中に、ある風景が浮かんでいる。平泉、束稲山の桜である。
「私は花と月を愛しますがゆえに」
頼朝屋敷はすでに夕刻を迎えていた。
「なぜ、西行殿、秀衡殿を庇いなされる。ただ東大寺がために勧進とはおもわれせん。聞くところによれば、西行殿の佐藤氏と、平泉の藤原秀衡どのとは浅からぬ縁があると聞ききますが……」
頼朝は、矛先を、奥州藤原氏と西行との親密なる関係に向けてきた。
この質問に、西行はいささか足元をすくわれる感じがした。
「いや、遠い親戚でございます。私は唯の歌詠み。東大寺の勧進のために、沙金をいただきに秀衡様のところへ参るだけでございます」
「それならば、今は、そういうことにしておきましょう。で、西行殿」
頼朝はかすかに冷笑した。
その笑いの底に潜む恐ろしいものを感じ、わずかに言葉がかすれている。
「何か」
「西行殿は、昔は、北面の武士ですね。あの平清盛と同僚だったと聞いております。なにとぞ、この頼朝に、佐藤家の、直伝、弓の奥義などお聞か、お見せいただきたいのです」
「ふ、私でよろしければ。よろしゅうございます」
話の矛先が急に変わったことに、西行は安堵した。
頼朝は、これ以上、西行を追い込むことを避けた。
あまりに西行を追及すれば、この場所で西行を殺さねばなるまい。
あるいは、殺さずとも、閉じ込めねばなるまい。
板東の独立のためには。
今、それは京都のいらざる怒りを買うであろう。
無論、大江広元も、その案には賛成すまい。
ここは少しばかり話を流しておくことだと頼朝は思う。
一方、西行は虎穴に入らずにはと考えていたが、源頼朝という男は、虎以上に恐ろしかもしれぬ。
このことはすぐさま、後白河法皇様に、書状をもって報告せねばならないだろう。この頼朝という男の扱い方は、義経殿のようにはいかない、
頼朝は、西行が、現在逃亡中の弟、源義経の行方を知っていると考えている。
続く2016改訂
作 飛鳥京香(C)飛鳥京香・山田企画事務所
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