源義経黄金伝説■第47回★
作 飛鳥京香(C)飛鳥京香・山田企画事務所
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■ 文治三年(一一八七年)一〇月二九日。
北の帝王、藤原秀衡は死の床にあり、枕元に我が子の泰衡、忠衡、国衡他の兄弟たちを呼んでいた。
「よいか、心して聞いてほしい」
秀衡の苦しい息のの下から話し、息子たちは首肯した。
「跡目は泰衡に譲る。よいか泰衡、平泉王国を守れ」
思いがけない言葉であった。泰衡は答えようがない。
「……」
しかし、次の言葉が泰衡の心の中に、裏切りの心を植えた。
「源義経殿を頼りにせよ」
泰衡はすぐ反応している。
「それはどういう意味でございますか、父上」
病床にいる父親に対して、怒りをあらわにしている。秀衡の言葉は、余計に
泰衡を煽るのだった。そのいたらなさが、今度は秀衡の心を憂鬱にさせる。こ
の泰衡が、平泉黄金王国を滅ぼすのか。なぜにこの父の想いがわからぬのか。
秀衡は言葉を続けた。
「源義経殿を大将軍とし、その下知に従がうのだ」
「……」
泰衡は、さらに急に不機嫌になった。
「よいか、泰衡は不満であろうが、この俺が亡くなったという情報が入れば、
鎌倉殿は必ず動く。鎌倉殿は、義経殿の誅殺が目的ではない。この平泉の黄金
が目的なのじゃ。鎌倉、そして源氏、板東の武士どもはこの地の黄金をねらっ
ている。絶好の機会なのじゃ。よく聞け。泰衡。それゆえ、義経殿を差し出し
ても、頼朝殿はこの平泉を攻めてこよう。
心せよ、泰衡、忠衡、国衡、みな兄弟心合わせ、義経殿をもり立て、頼朝に対
して戦え。藤原の百年が平和、後の世まで続けよ。
平泉黄金王国のこれからはお主らがになう。この仏教平和郷を決して板東の者
ども、さらには京都の王朝に渡してはならん。この奥州の地を守りぬくのだ
。決して、頼朝殿の甘言、受け入れるではない。義経殿を差し出すのではない
。よいな…。これが俺の遺言だ」
劇抗した秀衡の声が急に途絶える。最後の気力でしゃべったのだ。
「父上……」
息絶えている秀衡に、息子たちはをかきいだいている。
しばらくして
「どうする兄じゃ」次男の忠衡が、たずねた。
「父上の遺言のことか」
「いや、そうではござらぬ。義経殿のことだ」
「お前はどちらの味方だ、忠衡」
意に反して、答えはしばらく返って来なかった。
「無論、兄者だ」
こやつは本当に私の味方なのか。安衡は考える。
「それならば俺が下知に従え」
「が、義経殿は、、」
「よいか忠衡、我らが秀衡が子ぞ。由緒正しい子ぞ。それが義経ごときに従え
ると思うのか」怒りながら、出て行く泰衡である。
かわって、急の知らせを聞いた、青い顔の義経が走りこんで来た。
末期には義経はわざと呼ばれていない。が、
泰衡は走り過ぎる義経を無視していた。
「葬儀の準備だ」
藤原秀衡の体は、中尊寺中見壇下に置かれ、この平泉の守り神となる運命である。
義経は、秀衡の遺体をかきいだき、泣いている。
「秀衡様、十六の時より、親以上の恩を受けさせていただきました。この恩、生
きておられるうちにお返ししたかった」
義経は本当に涙を流し、嘆き悲しんでいる。
片腕をもぎ取られた思いがして
いるのだった。
義経は父なるものに憧れていた。物心付いた時には、父は亡くなっていた。
平清盛、そして藤原秀衡、源頼朝、後白河法皇、西行。すべて父なる人を想起して対してきた。
そして、最大の危機のおり、最大の父なるものに死なれたのである。
義経は、惚けたようになっていた。
源平合戦で、あれほどの戦術家だった武将の姿は、どこにもなかった。
心が砕け散ったようだった。
いまや、日の本には義経にとって、どこも安住の地はないのだ。
「なぜだ、親父殿」泰衡は思った。
なぜ、実の子の俺を可愛がってはくれぬのだ。奥州は我らが血の元で支配
している。四代にわたって、京都の人間と戦こうたではないか。義経は
いくら優れた武将とはいえど、実の子ではない。他人ぞ。おまけに京都の人間
じゃ。源氏の人間。いかに奥州を源氏が攻めたか。
兄の源頼朝と仲が悪いように見せて、何を企むのか分からぬではないか。奴らが欲しいのは、
この奥州ぞ。
それを西の人間の義経を信じるとは、どういうことだ。
おまけに弟どもも俺に従おうとはせぬ。国衡など、義経を兄のように尊敬しておる。
なぜ俺を、京都へ連れて行ってくださらぬのか。親父殿、祖父殿、大祖父
殿、皆、京都へ行ったではないか。なぜ俺だけのけ者にする。
京都に対する恨みと、義経に対する怒りがすこしずつ
泰衡の心を、人格を変えつつあった。
それは、とりもなおさず、奥州の危機であった。
戦雲はすぐそこまで押し寄せている。
(続く)作 飛鳥京香(C)飛鳥京香・山田企画事務所
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