<田中幸子さんの講演から>
自殺予防って、ちょっとしたことだと思います。
私自身は、息子に対してとても傲慢だった、と思っています。
わが息子に限って、病気でもないのに、自ら命を絶つことなどありえない、
と思っていました。
死ぬという想像ができなかった。
人の命は、あっけなく行ってしまいます。
いろんなことを欲張らずに、
「生きていてさえくれれば」と思っていただければ、と思います。
それを少し広げてくれるだけでいいのです。
地獄のような苦しみを味わった私たち、遺族だからこそできる
優しい、人を思いやる心を持っていただいて、それを広げていただいたら。
以前は、「生きていてほしい」という言い方をしましたが、
今は、「助けるから、死ぬな」になりました。
ちょっとはったりが強いかもしれませんが。
誰も死なせたくない。
これ以上遺族を増やしてほしくないんです。
悲しみの連鎖が起きることがあります。
島根県で遺族の会をやっているKさんと言う方は、
100日のうちに家族を3人なくしました。
お婿さんがなくなり、娘さんがなくなり、ご主人がなくなりました。
最後のお父さんは、焼身で家を焼いてなくしたので、住むところがない。
そういう不幸が続くことだけは防ぎたい。
そのためには、「つながり」ではないでしょうか。
ゆるやかでいいのです。
遺族同士がゆるやかにつながれたら、防げる死がいくらでも
あるのではないでしょうか。
自殺予防って、ちょっとしたことだと思います。
私自身は、息子に対してとても傲慢だった、と思っています。
わが息子に限って、病気でもないのに、自ら命を絶つことなどありえない、
と思っていました。
死ぬという想像ができなかった。
人の命は、あっけなく行ってしまいます。
いろんなことを欲張らずに、
「生きていてさえくれれば」と思っていただければ、と思います。
それを少し広げてくれるだけでいいのです。
地獄のような苦しみを味わった私たち、遺族だからこそできる
優しい、人を思いやる心を持っていただいて、それを広げていただいたら。
以前は、「生きていてほしい」という言い方をしましたが、
今は、「助けるから、死ぬな」になりました。
ちょっとはったりが強いかもしれませんが。
誰も死なせたくない。
これ以上遺族を増やしてほしくないんです。
悲しみの連鎖が起きることがあります。
島根県で遺族の会をやっているKさんと言う方は、
100日のうちに家族を3人なくしました。
お婿さんがなくなり、娘さんがなくなり、ご主人がなくなりました。
最後のお父さんは、焼身で家を焼いてなくしたので、住むところがない。
そういう不幸が続くことだけは防ぎたい。
そのためには、「つながり」ではないでしょうか。
ゆるやかでいいのです。
遺族同士がゆるやかにつながれたら、防げる死がいくらでも
あるのではないでしょうか。
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