みのみん

関門海峡と赤間神宮


先日久しぶりに赤間神宮に参拝に行きました。
赤間神宮の歴史ですが寿永4年(1185年)3月平家は滅亡の時を迎えます
安徳天皇は母が平清盛の娘・徳子であったため
源平合戦で平氏が源氏に敗戦を重ねると平家一門と一緒に都落ちすることに。
ここ下関の壇ノ浦の戦いで初めは優勢であった平氏も潮の流れが変わると
次第に劣勢になり敗北が決定的となると安徳天皇の祖母である二位尼が
安徳天皇を抱きかかえ入水わずか8歳で生涯を終えます。



安徳天皇が安産で有名な「水天宮」に祀られていて水天大神と称せられたことに由来します。
建礼門院に仕えていた按察使局・伊勢は壇ノ浦の戦い後平氏の菩提を弔うため九州の筑後川辺りまで逃れ祠を建て安徳天皇を始め平家一門の霊を祀りました。
伊勢は尼となりますが加持祈祷の霊験があらたかで人々の尊崇を集め
やがて水天宮の起源となります
そのため水天宮には安徳天皇や二位尼・建礼門院が祀られているのでした。

関門海峡の脇に建つ華やかな神宮。今は安徳天皇や平家一門はここを都としているのでしょう。

太平洋戦争中に焼失してしましましたが戦後再建したようです。




歴史を感じさせる関門海峡と赤間神宮
また訪れようと思います。

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