風の吹くまま

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★「さらば、わが愛~覇王別姫」 チェン・カイコー監督作品 【香港・中国・台湾合作】

2005-11-03 | 良質アジア映画

3時間の長編映画であるがあっという間に物語は観終わる。ストーリーそのものだけでなく、蝶衣役のレスリー・チャン切ない心情表現と菊仙役コン・リーの香る母性表現なしにこの映画はありえない。米「Time」誌が選んだ20世紀の名作映画100選のなかに、黒澤明「七人の侍」「生きる」小津安二郎「東京物語」とともに、アジアから選ばれた数少ない作品のひとつというのは当然だろう。


人はそれぞれの運命に責任を負わなければならない。自らの力ではどうしようもないような生まれ育った境遇、そして生きたその時代、たとえそれらがどんなものであったとしても、人は運命に自ら責任をもつよう強いられている。『さらば、わが愛~覇王別姫』は、京劇の古典『覇王別姫』を演じる一人の女形役者の波乱の生涯を通じて、観るものの心に、運命とというものがもつ哀しみを深く刻みこむ。

母との別れ
厳冷のある日、母の暖かい腕に抱かれれた少年・小豆子、母の愛で包まれている。しかし、娼妓である母は、小豆子を、孤児や貧民の子供たちが集まる京劇の養成所に連れてゆく。母は泣き崩れながら養成所の老師に訴える。
「遊郭では大きくなってゆく我が子を育てられない」。
しかし、「指が6本ある」という理由で老師に断わられる。
そして母は小豆子の指を一本切断する。わが子の将来を想うがゆえのものとはいえ母は子を捨てる。こんな衝撃的なプロローグから始まるこの壮大な物語に観るものは引き込まれる。

養成所の日々
小豆子は娼妓の子として他の子供たちからいじめられたが、彼を弟のようにかばったのは小石頭だった。養成所での過酷な修行の毎日。女性的な小豆子は「女になれ」と老師に躾けられる。しかし、頑なな小豆子は、何度殴られようともうけいれない。そんな小豆子に老師は「覇王別姫」の物語りを語る。

「覇王別姫」は楚と漢の争いを背景にした物語りである
楚はどのような人物であったのか
勇将の誉れ高い無敵の英雄
敵の大軍を討ち破ったこと数知れず
だが、運は彼に見方しなかった
兵を進めたとき
漢王劉邦率いる伏兵に遭遇
その夜、強風に乗じて
劉邦の兵は楚の歌を歌い
楚の兵たちは王を見捨てて敗走を始めた
いかなる英雄いえども
定められた運命には逆らえないのだ
かつては絶大権勢を誇った楚王
だが最後に残ったのは一人の女と一頭の馬
馬を逃がそうとしたが馬は動こうとせず
愛姫も王のそばにとどまった
愛姫は王に酒を注ぎ
剣を手に王のために最後の舞を舞って
そのまま剣で我がのどを突き
王への貞節を全うした

覇王別姫の物語は、我々に何を教えているのか
人はそれぞれの運命に責任を負わねばならぬ、ということだ。

京劇役者の日々
やがて、時の流れとともに、女性的な小豆子は女役に、男性的な小石頭は男役者として見事に成長する。
小豆子は程蝶衣(レスリー・チャン)、小石頭は段小(チャン・フォンイー)と芸名を改め、京劇『覇王別姫』の名コンビとして京劇界の華となる。しかし、その絶頂期に生じる溝。
段小と演ずる京劇「覇王別姫」が人生のすべての程蝶衣、京劇はあくまで生きるための手段ですぎない段小。

盧溝橋事件~日本統治時代
段小は遊郭の娼妓・菊仙(コン・リー)と結婚する。この時から、程蝶衣と段小との間に更に深い溝が生まれる。そして、北京は日本軍に占領される。

ある日段小は楽屋で騒動を起こし連行されてしまう。菊仙は日本側に取り入ってもらえるのだったら段小と別れてもいいと程蝶衣に懇願する。程蝶衣の協力で釈放された段小なのだが、日本の犬と程蝶衣を罵り菊仙を連れて去る。そして程蝶衣と段小は別の道を歩むこととなる。傷ついた蝶衣はやがてアヘンへと溺れてゆく。
しかし、アヘンに溺れる程蝶衣を救ったのは、段小と菊仙だった。

共産党政権樹立、そして文化大革命 
日本軍の敗退で抗日戦争は終わり、共産党政権の誕生とともに程蝶衣と段小は再び舞台に立つが、京劇は革命思想に沿うよう変革を求められていた。変革に懐疑的な蝶衣は批判され、『覇王別姫』の虞姫役を奪われてしまう。

そして、その後訪れた文化大革命の波。政治的圧力を受け、反共分子として段小は程蝶衣の過去の罪を摘発せよと強制される。段小はそれに屈し、程蝶衣がかつて日本軍将校のために歌を歌ったことを訴える。同時に娼婦だった菊仙など愛していないと言ってしまう。ショックを受けた程蝶衣は、菊仙がかつて遊郭の娼妓であったことを摘発する。そして菊仙は自らの命を絶つ。

終止符 
文化大革命も終焉し、2人は11年ぶりに再会する。蝶衣と段小は無人の体育館で2人だけで『覇王別姫』を演じる。空白の長い月日も二人の演技には陰りをおとしていない。
しかしながら、舞い終わった時、程蝶衣はその生涯に終止符をうつ。


母に捨てられた境遇。「男として生まれた、女ではない」と頑なに女形として生きることを受け入れない養成所の日々、だがやがては『覇王別姫』の愛姫役に自らの人生を重ねるようになる。愛した人・段小は遊郭の娼妓・菊仙と契ってしまう。それゆえ彼女を深く憎む。
だが同時に彼女に遊郭の娼妓であった母の姿を重ね合わせる。アヘンに溺れた絶望の日々、そこから救ったのは菊仙の深い愛情。しかしながら、その菊仙を死に追いやってしまう。

蝶衣にとって最期に舞う『覇王別姫』。それは、女としていきること、段小への想いの終止符、そして菊仙への償いを自らの死という形で負うことであった。
少年の頃、養成所の老師に聞いた「『覇王別姫』の物語が教えているもの、それは『人はそれぞれの運命に責任を負わねばならぬ。』ということだ。」という言葉が重くのしかかる。

コメント (13)
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