風の吹くまま

18年ぶりに再開しました。再投稿もありますが、ご訪問ありがとうございます。 

★命~帰郷

2005-09-15 | 忘れえぬ人々
約10年前の秋、仕事でオーストリアのインスブルックに行く機会があった。インスブルックでの仕事を終えた僕は、次に訪れる予定のミラノの前にドイツのミュンヘンを訪れた。

ミュンヘンにはそれよりも10年前、まだベルリンの壁崩壊前に一度訪れたことがあったが、東西統一後のドイツを見てみたくなりミラノへ行く前に、逆方向にあるミュンヘンに立ち寄ることにしたのである。

訪れてはみてみたものの、ミュンヘンは特に魅力のある街ではなかった。街の風景にはさしたる変化はなかったように思えるのだが、ふたたび訪れた街に住む人々の表情には、以前よりも少し荒れた感があった。僕は、本来ミュンヘンで一泊するつもりであったが、ここにいても興味をそそるものもないため、その日のうちにミラノ行き最終列車に乗り込んだ。

ヨーロッパの国際列車は、ほとんどが6人個室のコンパーメントになっている。この夜僕の乗り込んだコンパーメントには、既に2人の男が乗っていた。一人は20代後半と思われる若者と、もう一人は50代と思われた。二人ともイタリア人であった。若者の方は、英語が話せた。

最初、彼らは連れ同士かと思っていたが、その列車はドイツからイタリアへと向かう国際列車であったため、たまたま同じになっただけであることがわかった。それは、後に若者との会話を通じてわかったことである。

二人とも故郷の街を離れ、若者はオランダ、50代と思われる男性はスイスで、それぞれ仕事をしているらしかった。この列車へは、二人目的地は違えど故郷の街へ帰るために乗り込んでいるらしかった。今でも多くのイタリア人は、こうして故郷の街を離れ出稼ぎに出るものが多いのだと、若者は言った。

彼はいかにもヨーロッパの若者らしい風貌で、ジーンズとTシャツ、そして耳にはピアスをしていた。聞くところによると美容師をしているということだった。僕は、僕との会話をしながらも時々暗い車窓の外を眺める彼の横顔になにか思いつめたような印象をもった。

しばらく軽い会話を断片的に続けていた僕らであったが、彼はいきなり僕に問いかけた。
「人は死ぬとどうなると思う?」
突拍子もない質問にその答えのもつ意味に戸惑った僕は、どう答えてよいものか悩んだ。

「おやじが危篤なんだ。そのために故郷に帰るんだ」
イタリアへは、もう何年も帰っていないらしかった。希望という荷物だけをもって、家出に近いかたちで故郷の街を出たものの、現実は厳しくあちらこちらを転々するばかりの生活が続いた。そしてやがてはドラッグにも溺れていったらしい。
しかし今では、歩き違えた道から抜け美容師としてやっていけていると、彼は語った。

「おやじは癌なんだ。もう何度も手術をしている。今度はもうだめだとおふくから連絡があったんだ。何年も帰ってないんだ。でも、今朝帰ることを決め、この列車に飛び乗ったんだ。」

ただ頷いて聞いているだけだった。どう答えてよいかわからないし、彼も僕の答えを期待しているのでもなかったと思う。そんな僕の戸惑いを感じたのか彼は話題を変えた。
「イタリアではどこに行くんだい?」
彼は聞いた。
「ミラノへ行って、そこからベニスに行こうと思う」
僕は答えた。

「フローレンス(フィレンツェ)に行くといい。ほんとのイタリアが見れる。ベニスやローマでは見られない本当のイタリアさ。僕らイタリア人はみんな、フローレンスで生まれたんだ。」彼は、熱心に続けた。

故郷イタリアを捨てた彼が、たまたま出会った旅行者の僕に、熱心にその故郷の話をするのもおかしなことであるが、何年かぶりに帰郷する彼の心の中には、話つづけているうちに、今までずっと持ち続けていた故郷への想いが、湯水のように湧き出てきたのかもしれない。

「僕も落ち着いたら、フローレンスには行ってみたい」
という言葉を最後に、またぼんやりと車窓の外を眺めた。


僕は、彼の問いかけ・・・人は死んだらどうなると思う?・・・という答えを、想い続けていたが、列車はやがてオーストリア国境を超えイタリア国内へと入った。

そして、ひとつの小さな駅への到着のアナウンスが車内に流れた。彼は僕に言った。
「僕は、次の駅で降り別の列車に乗り換えなければならない。短い間だったけど、出会えて良かったよ。是非、一度フローレンスには訪れてくれ。君の旅の安全を祈ってるよ。」

まだ彼への答えが見つからない僕はただ、
「どうも有難う。君も元気で。」
とだけ答えた。

そして列車は小さな駅に到着し、彼は深夜のプラットホームへと消えて行った。

あれから長い年月を経て、あの夜の記憶を蘇らせながら彼への答えを想う・・・
「長い旅を終えると、再び生まれた場所に戻ってゆくのではないだろうか。君のように。」と。それは生きるものすべてがもつ命というものに最初から刻まれている道しるべなのかもしれない。

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