北陸線交直セクションの繋ぎ役 再び雪の湖東へ・D50の時代
昭和42年12月25日、再び米原・田村間を訪れた。前回から2年が経過していた。
名古屋から急行"比叡"1号に乗り米原到着は8時40分。辺り一面銀世界で小雪舞う北国街道を田村に向けて歩いた。
交直両用電気機関車ED30は、この年の5月にすでに転出済みであり、当時の主役はD50であった。
D50は9600形の後継機として大正末期から昭和6年までに貨物用蒸気機関車として380両が製造されている。
米原機関区には7両のD50(131、200、201、249、300、328、350)が配属されていた。
すでにD51の配備が始まっていて、うかうかしているとD50が次々に廃車されていく頃であった。
集煙装置を付けたD50ー328が米原駅構内回送中 後方は上り急行"くずりゅう"
1967.12 米原駅
北陸線下り長野行622レ牽引のD50-300 米原を出発して新幹線交差地点を力走
しばらく先に進むと、先行して田村に向かっていたD50ー328が上り貨物列車を牽引して戻ってきた。
田村では機関車の向きを変えられないので、上り列車は全て逆行運転になる。
上り貨物牽引のD50ー328
雪が降り続くなか、琵琶湖に流れ込む天野川の鉄橋付近でしばし寒さに耐えながら下り貨物列車を待った。
この区間の最大勾配は10‰しかないが、冷込みがきついのでよい煙が期待できるはずである。
米原構内奥の操車場を発車する汽笛が聞こえ、やがて長い編成の貨物を牽引してD50が姿を見せた。
下り貨物牽引の長野工場式デフを付けたD50ー131
金沢からの上り226レを牽引して逆行で戻ってきたD50ー131
上り貨物牽引のD50-300
1967.12 北陸線 米原・坂田
田村近くまで歩いてくると、漸く雪が降り止んだ。
交直セクションを通過してきた下り新津行523レ牽引のD50-328
交流電気機関車が待機する田村駅遠景 上り貨物を牽引して逆行で戻るD50ー328が発車
D50-328は集煙装置、重油併燃装置を装備
下り貨物牽引のD50―131
富山発大阪行532レ牽引のD50ー300が田村を発車
この区間では交直両用電車の他、気動車も見られ多彩であった。
特急気動車"白鳥"は(5)、交直両用特急電車は(12)、交直両用急行電車は(13)に掲載している。
長大編成のキハ58系下り急行"きたぐに"、"奥能登"併結
1967.12 北陸線 坂田・田村
キハ58系下り急行"大社"
1967.12 北陸線 米原・坂田
長野機関区から転属されたD51ー501がD50-328と並ぶ
1967.12 田村駅
第一種休車のD50ー201 化粧煙突に直角のデフレクター
1967.12 米原駅
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