中津川以北 落合の峠
中津川・落合川間3.8キロは、落合山トンネルを頂点に前後が25‰勾配の峠路で中央西線の難所の一つであった。
下り列車はここから鳥居峠まで延々と木曽谷の上り勾配を行き、上り列車はほぼ惰行で来るが、この峠の前で力行する。
貨物列車は中津川、落合川の双方でD51かC12の後補機を連結して運転されていた。
昭和43年6月30日、中津川周辺で撮影してから落合山トンネル上の峠まで歩いた。
トンネル上から落合川方向を望む。左手に木曽川の落合ダム。落合川駅はダム湖左岸にあり写真の中央右寄りになる。
キハ58系上り急行第2"しなの"
キハ58系下り急行"赤倉" 後方から
中津川寄りに峠を下って線路脇で下り貨物を待った。中津川から落合山トンネル入口まで25‰勾配が1.5キロ以上続く。
13時頃、D51がゆっくり坂を上ってきた。後補機付きながら短い編成。完全燃焼で煙はスカスカ、拍子抜けであった。
半戦時型カマボコドームのD51-902[木]牽引の下り貨物653レ
後補機はD51-825[中] 逆向きで押していく
D51-825[中] 落合川で解放された先程の補機が上り単機回送
次の下り中津川13:35発の旅客列車を撮影して終了。歩き続けた後で、あまりの暑さに耐えられなかったようだ。
D51牽引の下り長野行829レ 子野川のアンダートラス橋梁を行く
1968.6 中津川・落合川
記憶は定かでないが、43年3月19日のこと。おそらく初めてこの区間に行った時であると思う。
線路伝いに歩いていると落合川に向かっているはずの補機が猛スピードで走ってきた。危うく轢かれるところであった。
この頃、後補機を走行中解放していたことを後になって知った。
D51-200[中]の上り単機回送 その後、梅小路機関区に転属、動態保存された
1967.3 落合川・中津川
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