Q17業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷に関し,使用者が負う注意義務の具体的内容はどのようなものですか?
使用者は,その雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し,業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負うとするのが,最高裁判例(電通事件における最高裁第二小法廷平成12年3月24日判決,労判779-13)です。
この最高裁判決が認めたのは,「不法行為責任」における注意義務ですが,安全配慮義務(労働契約法5条,「使用者は,労働契約に伴い,労働者がその生命,身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう,必要な配慮をする者とする。」)の具体的内容を議論する際にも,参考にすべきものと思われます。
以下,関連部分の判旨を引用しておきます。
労働者が労働日に長時間にわたり業務に従事する状況が継続するなどして,疲労や心理的負荷等が過度に蓄積すると,労働者の心身の健康を損なう危険のあることは,周知のところである。
労働基準法は,労働時間に関する制限を定め,労働安全衛生法65条の3は,作業の内容等を特に限定することなく,同法所定の事業者は労働者の健康に配慮して労働者の従事する作業を適切に管理するように努めるべき旨を定めているが,それは,右の様な危険が発生するのを防止することをも目的とするものと解される。
これらのことからすれば,使用者は,その雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し,業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負うと解するのが相当であり,使用者に代わって労働者に対し業務上の指揮監督を行う権限を有する者は,使用者の右注意義務の内容に従って,その権限を行使すべきである。
一審被告のラジオ局推進部に配属された後に一郎が従事した業務の内容は,主に,関係者との連絡,打合せ等と,企画書や資料等の起案,作成とから成っていたが,所定労働時間内は連絡,打合せ等の業務で占められ,所定労働時間の経過後にしか起案等を開始することができず,そのために長時間にわたる残業を行うことが常況となっていた。
起案等の業務の遂行に関しては,時間の配分につき一郎にある程度の裁量の余地がなかったわけではないとみられるが,上司であるT2らが一郎に対して業務遂行につき期限を遵守すべきことを強調していたとうかがわれることなどに照らすと,一郎は,業務を所定の期限までに完了させるべきものとする一般的,包括的な業務上の指揮又は命令の下に当該業務の遂行に当たっていたため,右の様に継続的に長時間にわたる残業を行わざるを得ない状態になっていたものと解される。
ところで,一審被告においては,かねて従業員が長時間にわたり残業を行う状況があることが問題とされており,また,従業員の申告に係る残業時間が必ずしも実情に沿うものではないことが認識されていたところ,T2らは,遅くとも平成3年3月ころには,一郎のした残業時間の申告が実情より相当に少ないものであり,一郎が業務遂行のために徹夜まですることもある状態にあることを認識しており,Sは,同年7月ころには,一郎の健康状態が悪化しているころに気付いていたのである。
それにもかかわらず,T2及びSは,同年3月ころに,T2の指摘を受けたSが,一郎に対し,業務は所定の期限までに遂行すべきことを前提として,帰宅してきちんと睡眠を取り,それで業務が終わらないのであれば翌朝早く出勤して行うようになどと指導したのみで,一郎の業務の量等を適切に調整するための措置を取ることはなく,かえって,同年7月以降は,一郎の業務の負担は従前よりも増加することになった。
その結果,一郎は,心身共に疲労困ぱいした状態になり,それが誘因となって,遅くとも同年8月上旬ころにはうつ病にり患し,同月27日,うつ病によるうつ状態が深まって,衝動的,突発的に自殺するに至ったというのである。
原審は,右経過に加えて,うつ病の発症等に関する前記の知見を考慮し,一郎の業務の遂行とそのうつ病り患による自殺との間には相当因果関係があるとした上,一郎の上司であるT2及びSには,一郎が恒常的に著しく長時間にわたり業務に従事していること及びその健康状態が悪化していることを認識しながら,その負担を軽減させるための措置を採らなかったことにつき過失があるとして,一審被告の民法715条に基づく損害賠償責任を肯定したものであって,その判断は正当として是認することができる。
弁護士 藤田 進太郎
使用者は,その雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し,業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負うとするのが,最高裁判例(電通事件における最高裁第二小法廷平成12年3月24日判決,労判779-13)です。
この最高裁判決が認めたのは,「不法行為責任」における注意義務ですが,安全配慮義務(労働契約法5条,「使用者は,労働契約に伴い,労働者がその生命,身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう,必要な配慮をする者とする。」)の具体的内容を議論する際にも,参考にすべきものと思われます。
以下,関連部分の判旨を引用しておきます。
労働者が労働日に長時間にわたり業務に従事する状況が継続するなどして,疲労や心理的負荷等が過度に蓄積すると,労働者の心身の健康を損なう危険のあることは,周知のところである。
労働基準法は,労働時間に関する制限を定め,労働安全衛生法65条の3は,作業の内容等を特に限定することなく,同法所定の事業者は労働者の健康に配慮して労働者の従事する作業を適切に管理するように努めるべき旨を定めているが,それは,右の様な危険が発生するのを防止することをも目的とするものと解される。
これらのことからすれば,使用者は,その雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し,業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負うと解するのが相当であり,使用者に代わって労働者に対し業務上の指揮監督を行う権限を有する者は,使用者の右注意義務の内容に従って,その権限を行使すべきである。
一審被告のラジオ局推進部に配属された後に一郎が従事した業務の内容は,主に,関係者との連絡,打合せ等と,企画書や資料等の起案,作成とから成っていたが,所定労働時間内は連絡,打合せ等の業務で占められ,所定労働時間の経過後にしか起案等を開始することができず,そのために長時間にわたる残業を行うことが常況となっていた。
起案等の業務の遂行に関しては,時間の配分につき一郎にある程度の裁量の余地がなかったわけではないとみられるが,上司であるT2らが一郎に対して業務遂行につき期限を遵守すべきことを強調していたとうかがわれることなどに照らすと,一郎は,業務を所定の期限までに完了させるべきものとする一般的,包括的な業務上の指揮又は命令の下に当該業務の遂行に当たっていたため,右の様に継続的に長時間にわたる残業を行わざるを得ない状態になっていたものと解される。
ところで,一審被告においては,かねて従業員が長時間にわたり残業を行う状況があることが問題とされており,また,従業員の申告に係る残業時間が必ずしも実情に沿うものではないことが認識されていたところ,T2らは,遅くとも平成3年3月ころには,一郎のした残業時間の申告が実情より相当に少ないものであり,一郎が業務遂行のために徹夜まですることもある状態にあることを認識しており,Sは,同年7月ころには,一郎の健康状態が悪化しているころに気付いていたのである。
それにもかかわらず,T2及びSは,同年3月ころに,T2の指摘を受けたSが,一郎に対し,業務は所定の期限までに遂行すべきことを前提として,帰宅してきちんと睡眠を取り,それで業務が終わらないのであれば翌朝早く出勤して行うようになどと指導したのみで,一郎の業務の量等を適切に調整するための措置を取ることはなく,かえって,同年7月以降は,一郎の業務の負担は従前よりも増加することになった。
その結果,一郎は,心身共に疲労困ぱいした状態になり,それが誘因となって,遅くとも同年8月上旬ころにはうつ病にり患し,同月27日,うつ病によるうつ状態が深まって,衝動的,突発的に自殺するに至ったというのである。
原審は,右経過に加えて,うつ病の発症等に関する前記の知見を考慮し,一郎の業務の遂行とそのうつ病り患による自殺との間には相当因果関係があるとした上,一郎の上司であるT2及びSには,一郎が恒常的に著しく長時間にわたり業務に従事していること及びその健康状態が悪化していることを認識しながら,その負担を軽減させるための措置を採らなかったことにつき過失があるとして,一審被告の民法715条に基づく損害賠償責任を肯定したものであって,その判断は正当として是認することができる。
弁護士 藤田 進太郎