今朝の信州は気温4度、空は曇り空ですが一部青空も
見えてきました。昨夜の雨も夜半に止んで道路はまだ
濡れていますが、立冬の朝らしい寒さの信州です。
なぜイマドキの新入社員は「おはようございます」が言
えないのか??・SNSに広がる「あいさつ不要論」への
違和感について、11月2日の PRESIDENT Online の
報道を一緒に考えてみた。
「あいさつしない自由」がSNSで注目され、若者の間
で共感が広がっていた。私も一部の若者たちの意見と
して、おはようございます~こんにちは~等の口にす
る言葉、メールなどでも、ご無沙汰してます~ご多忙
中のところ~とか拝啓~謹啓~などの表現が一切省略
されている場面に遭遇することがありました。
早稲田大学系属早稲田実業学校初等部教諭の岸圭介さ
んは「SNSで誰とでもやりとりできる今、あいさつの
必要性を感じられなくなっている。若い世代は“特定の
人にするもの”だと考え、あいさつの本当の意味が忘れ
られてしまっている」という――。
若い世代に広まる「あいさつ不要論」
「なんでわざわざ知らない人に、あいさつをしなけれ
ばいけないのですか」・・・
昨今では、新入社員から真顔でこんな質問をされると
耳にします。若い世代を中心に広まっているとされる
いわゆる「あいさつ不要論」です。
親しい間柄でもないのに、なぜ頭を下げたり、わざわ
ざ自分からコミュニケーションを図ったりしなければ
いけないのか納得がいかないのでしょう。
上司や先輩からあいさつを強要されるのに反発をする
向きもあるようです。こうした風潮は、コロナ禍がよ
り促進させたこともあるでしょう。人と人とが直接的
に関わらない状況下で学んだ結果かもしれません。
さらに言えば、幼少期から積み上げてきた「話すこと」
に対する学びの成果だとも思うのです。幼少期に「お
はようございます」と自分から話しかける習慣を築い
ている人もいますが、残念ながら家庭内でも幼稚園や
学校でも挨拶に慣れていない人が多くなっている・・
のかもしれません。
中・高生世代であれば、この新入社員に共感できるで
しょうか。面倒なことはできることなら避けたいとい
う思いはありますよね。ましてやSNSで誰とでも気軽
にやりとりができる時代です。挨拶対する必要感を感
じることも少ないでしょう。
でも、我々は「挨拶をすること」は世間の常識です。
根本にあるのは「意味と価値のずれ」
「最近の若者は礼儀がなっていない」と指摘される時
の代表格は「挨拶もできない!」だったのです。挨拶
は数ある礼儀作法のなかでも、特に優先するべきふる
まいだったといえます。
今でも上司や先輩から「声が小さいよ!」、「自分から
頭を下げなさい!」という指導が入ることがあります。
ネガティブな経験をしている人々にとって、「挨拶」と
は、「話したくもない人に向けた形ばかりの苦痛なもの」
という意味が染みついていることでしょう。
更に、勇気を出して挨拶をしたものの、まったく返って
こない人もいないわけではありません。そうなると、
なんだか自分だけが損したように感じられるようです。
「あいさつなんて無駄」と主張する新入社員と、上司
や先輩とがぎくしゃくする構図。その根本にあるのは
お互いが感じている「挨拶」ということばの意味と
価値のずれです。
その価値のずれについて、我々は子供たちや孫たちに
どのように納得の説明が出来るのか・・単なる当たり
前、常識・・で若者たちの理解は得られそうもなく・・
世の中の変遷に戸惑う年寄りの戯言かもしれません。
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